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嗅覚と味覚〜ごめんよ嗅覚〜

やっと・・・日常生活が送れるようになってきました。
前回の記事を書いてから、実はもう一度症状が悪化して、一時入院を検討するレベルになってしまったのですが、なんとか持ち直して、日常が戻って来ました。
ある「一点」を除いては・・・。

味が分からない。

そうなのです、本当に人生で初めて、ここまで味が分からなくなりました。
で、特に表現を考えず、「味覚が無い」と周りに訴えていたのですが、
ふと気付いたのです。

いや、失っているのは味覚じゃないぞ・・・嗅覚だ!!

と。
これまで味覚と嗅覚なんて分けて考えたこと無かったけど、人生41年目にして、ようやく、「嗅覚」の偉大さに気付かされましたので、その思いを綴ります。

拝啓 嗅覚 様

嗅覚さん、ごめんなさい。失って初めて、あなたの凄さが分かりました。
あなたがどれだけ私に尽くして来てくれたか、やっと分かりました。
あなたが居ないこの数日、どれだけ日々の生活から彩りが消えたか・・・。
大好きなニンニクを刻んでも、何も分かりません。
朝のミルクティーも、ただのお湯です。
本当に文字通り「味気ない」毎日になってしまいました。
私はこれを、味覚のせいだと思っていました。

人間界の中で、「味覚」は常に注目されて、存在感を発揮します。
美味しいものを「味覚」と呼ぶほど(秋の味覚、のように。)人間は「味覚」が大好き。
そんな味覚を失った、と私は思っていましたが、よくよく神経を研ぎ澄まして感じてみると、味覚は失っていなかったのです。失ったのは、嗅覚様、あなたでした。

今の私は味が分からないので、料理の味見ができません。
味噌汁の濃さも分かりません。
でも、味噌を適量入れた後、少し飲んでみると、舌の上でなんとなく「塩辛い」ことが分かるのです。味ではなく、塩気を感じるのです。
それと同じように、はちみつを舐めると、「甘い感じ」は分かる。
胡椒をかけると「ピリピリする」ことは感じる。
でも、味はさっぱり分からないので、何を食べているのかは目を閉じると分かりません。

こんな風に、味覚と嗅覚を分けて色々感じてみると、味を感じる上で特に大事な部分は、嗅覚が一手に握っていることがよく分かりました。

そして、嗅覚さん、あなたは味以外にも、私の生活のかなり大事な役割を担ってくれていたことに気付きました。

赤ちゃんがウンチをした
アルコール消毒が揮発した
ガスが漏れている
火にかけた鍋が焦げ付いた
食品が痛んでいる
布巾が臭くなっている
ご飯がそろそろ炊ける
瓶が違っても化粧品が分かる
入浴剤の香りの違い
洗濯物が生乾き・・・・

これ、全部、今の私は気付けないのです。
今まで、自分の日常が、こんなにまで嗅覚に頼っていたとは知りませんでした・・・!!

嗅覚さん、ごめんなさい。あなたの存在に見向きもしなかったこれまでを恥じます。
味覚の陰で、ずっと私を助けて来てくれたあなた。
お願いだから、どうか戻って来てください。

敬具