外に向けて開かれた世界を求めて

1. あるインタビュー記事を読んで

Twitterでも引用したんですが、THE GUILDの安藤さんのインタビューがすごく面白かったんです。

カメラに対する熱意や愛情も共感できましたし、ライカを初めて買った時の「なんてものを買ってしまったんだろう」という怯えにも似た焦りは、僕が初めてD800+24-70/2.8を買ったときと同じで、首がもげるくらいに共感したんですが、そんな中でも、僕が読んでいてビシバシしびれたのは、以下のような部分です。引用してみますね。

安藤:ですよね。記憶を作っていくということが人間にとって重要な営みである一方で、人の記憶というのはすごく曖昧にできていて、いかようにでも好きに変わってしまいます。写真にクリアな形で自分の経験を残していくことは、非常に重要なことだとそのとき気付きました。過去と記憶をマッピングする・ピン止めするのが写真なのかな、と思っています。
安藤:とても高価だったので、届いた瞬間「なんてものを買ってしまったんだろう」と(笑)。それでも、数枚撮ってみたらその世界観にすぐに引き込まれました。すべてのカメラにおいてそうだと思いますが、カメラが撮影して写真ができるプロセスの間にはいろんなチューニングが施されていて、そこにはクラフトマンシップが大きく影響しています。そうして実現されているLeicaの世界観や美意識に強く惹かれました。
安藤: もしそうなるなら、「一眼という形が正しいか」もわかりませんよね。まだ飛ばそうと思ってから5分くらいでかかってしまうドローンについても、Osmoと同じように、すぐに飛ばせるように進化するのではないかという期待がありますね。

引用はすべてギズモードの本文から。文中の強調は僕です。安藤さんの言葉は、安藤さんの持つエンジニアとしての発想や知見が根源にある表現で、僕の知っている「カメラの領域」とは違う惑星から届いた大事なメッセージのように思えるんです。それが脳みそに強烈な快楽を与える。そう、今日書いておきたいのは、「外から来る言葉」は大事だと言うことなんです。

2. 内側だけに流通する言葉の問題

我々はジャンル特有の言語構造を身につけると、それを使った情報伝達の簡便さに依存して、そのジャンル内にいる時、その言語以外のものを使わないようになっていく傾向があります。

例えばカメラならば「圧縮効果」だったり「パース」だったり「開放F値」だったり。カメラの「外側」にいる人にとってはちんぷんかんぷんのこれらの言葉も、我々カメラという文化の「内側」にいる人間にとっては、それぞれがそれぞれの言葉に対応した経験、つまり「物語」を持っているので、いろんな側面でその言葉を使ったり味わったりできる。それはとてもいいことです。何より効率がいい。それ自体を否定したいわけではないです。

でも、そればかりを話していると、人間は言葉によって観念も行動も制限されるので、そのジャンルの「お約束」内でしか動けなくなります。カメラや写真のロジックと美学だけで物事を判断してしまう。僕らはそれ以外のとてもとても広い世界で生きていて、カメラをやらない人とは「圧縮効果」の話なんてしないというのに。

3. 外側からの恩寵

そういう時、今回の安藤さんのような、普段はコンピューター業界の最前線で活躍するエンジニアである安藤さんの持っている言語領域がにじみ出る言葉で写真やカメラが表現されると、まるでそれは一瞬の閃光のように「新しいカメラの捉え方」として、強烈なインスピレーションをもたらします。僕は特に今回、「過去と記憶をマッピングする・ピン止めするのが写真」という表現に、心のも脳みそも射抜かれました。ああ、そうかと。安藤さんにとっては、写真は「マッピング」なんだ。しかも、それはおそらく脳というデバイス内の布置の問題として、「マッピング」という言葉が選ばれているんだろうなと。

そういう普通カメラを使っている人間では思いもつかないような表現によって、カメラと写真の専門領域内でかわされている言葉とは違う発想があることがわかります。その機会を僕は逃したくない

4. 写真の大航海時代へ向けて

例えば時に詩人のような言葉で話す写真家を知っています。例えばファッションの目線で写真を評する人も知っています。哲学的な意味合いを考える人も知っていますし、料理の目線で写真を撮る人も知っている。僕はその人達をひっそりとフォローして、自分の持っている物語へとせっせと取り込んでいる。それは、「写真という領域を拡大するため」という、個人的な僕のライフワークとつながっているからなんですね。カメラと写真をもっともっと広くて自由な場所にしたい。お約束だけが幅を効かせて、「素人が何をいってんだ」とマウントをとって悦に浸るような世界にはしたくないわけです。そうした態度を、「精神の保護貿易主義」と僕は呼んでいます。領域内に流通する言葉や発想だけで価値を生み出し、外側の言葉や発想には関税をかけて入ってこなくするようなそういう態度。

勿論、世界が外側に向かって拡大した大航海時代は、同時に奴隷制度や疫病や戦争の拡大でもあったわけなので、何でもかんでもすべて開放するのが最善だとは思わないんですが、僕自身が「カメラと写真の外側」から恐る恐る入ってきた人間としては、これからたくさんの「異なる血」がこの世界に入ってきて、写真やカメラを面白くしてくれたらなあと願っているんですよね。

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次また読んでもらえるようにがんばります
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別所隆弘 / Takahiro Bessho

フォトグラファー。アメリカ文学研究者。滋賀、京都を中心とした”Around The Lake”というテーマでの撮影がライフワーク。インスタはこちら: https://www.instagram.com/takahiro_bessho/

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