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風景写真家が人物写真展に参加して(kozue展にご来場の皆様、ありがとうございました)

風景と人物を両方共超ハイレベルでこなす友人を何人か知っていますが、基本的に、風景と人物、「どちらか一方が得意でもう一方は不得意」というパターンが多いような気がします。僕もご多分に漏れず、人物は最初は苦手でした。

そのような気持ちがあったので、今回友人から誘われてkozue展に出させていただくという話になったとき、楽しみよりもまずは不安と恐れの方が先行しましたし、何よりも、こずえさんという素晴らしい表現者の評判を損なうような、つまらない写真は撮れないと思って、かなり悩みました。結果としては、見てくださった方の何人かに評価して頂いて、何人かの人にはすごく気に入ってもらえたりして、今ではやってよかったと心から思いますし、そしてその過程で出来た新たな繋がりもありがたいものでした。

さて、今回の展示は5枚展示でした。基本的には僕は写真を一枚物で出す場合が多いのですが、今回は壁面の大きさもあったし、なにより、幾つかの写真を組むことで、人物写真をやる時の僕の基本的なスタンスを表せればいいなと思ったわけです。その「基本的なスタンス」とは何かと言うと、「人は生きている」ということです。生きているということは、飯くったり、眠ったり、はなほじったり、くしゃみしたり、笑ったり泣いたり、着飾ったりパジャマのままで一日過ごしたり、そういう「表には出ない全ての時間の総体」として、一個人が成立しているということです。そしてその人生の多くを占める膨大な時間は、誰とも共有されることなく、この世界から消えていく運命にあるんですね。

特に、美しい人々に至ってはその傾向がさらに強まります。モデルだったり、あるいは今回のように日本有数の踊り手だったりする場合、「表」に出るものは、その最も美しい部分。顔だったり、あるいは踊りの跳躍の瞬間だったりするわけです。でも彼らの「顔」や「踊り」を構成するものは、その美しさの背後で紡がれている全ての時間の経過なわけで、彼らが美しいポーズを撮ったり、あるいは時間の止まるような跳躍を見せるに至るまでに経てきた全ての時間が、その背後にある。でもそれらは、「影」として決して表に出てこないわけです。

僕が人物を撮る時に気になるのは、むしろその、「何かすごく美しい瞬間」に至るまでの、プロセスの方なんですね。とはいえ、それは「その人物を汚く撮る」とかいう安直なアンチテーゼでは生まれてこないと思っていて、やはり美しくあらねばならないと思うんです。

そういう諸々の気持ちを込めた人物写真のテーマが「その前後」というものです。最大に美しい瞬間の前後には、一体どのような時間が流れているのか。それを目指して撮影したものでした。

展示はその流れをキャプションとともに流れるようにして、以下のような順番で展示しました。よければキャプションと一緒にご覧になっていただけると嬉しいです。

1.承前
多くの場合、始まる前に全ての物事は、その終わりを含んでいる。

2.序
物事が始まる。永遠に続く自己対話の過程。

3.破
始まれば飛ぶしかない。しかし、そこにはあなた自身が捨てたはずの影が常に付き従う。

4.Q
予想だにしなかったことだが、暗闇の方が時に輝かしいこともある。影が本体であるということも考えられるだろう。

5.Reprise
多くの場合、物事の全ての終わりには、次の始まりが含まれている。

写真のキャプションは、若干エモめにしていますが、写真の解説というよりは、それを見た時の僕自身が感じたインスピレーションを、一瞬の散文詩のようにして表出したものです。ピシッとした、切れ味の良い言葉。でも印象の残る警句のようなスタイル。

一応写真の説明も。それは今回は本題ではないので、パパっと書きますね。1と5は写真的にも文章的に呼応の関係を作っています。2,3,4は序破急ですが、急は勿論村上春樹『1Q84』のQでもあり、エヴァンゲリオン「序破Q」のQでもあります。僕らは同時代のもたらすQの中に生きているわけですから。構成の中心は3ですが、3はむしろ、今回の組写真においては象徴的な不在の機能を果たします。普段「ハレ」として出されるものは、今回においてはむしろ他の写真を統制するための構造的欠落として機能するはずです。それぞれのWBは意図的に変更されていて、ハイライトとシャドウには、心象表現のために何らかの色補正が意図的に加えられています。

今回、写真としてのお気に入りは5.Repriseですが、撮りたかったのは4.Qでした。12mmの超広角域を使って、ダンサーの作る「影」が、さらに大きな暗闇の中で躍動するような、そんな瞬間を捉えたかった。その試みを一瞬で見抜いてこの場所まで導いてくれたのは、ほかならぬ、ダンサーであるこずえさんでした。

というわけで、人物写真はやはりコラボレーションの中から生まれるものなんだというのを、強く感じた次第です。

改めて、見に来てくださった皆様には心から感謝いたします。そして素晴らしい機会を企画・提供してくださったケンタソーヤングさん、一緒に展示してくださった写真家の皆さん、そしてタイトなスケジュールの合間の一瞬で、これだけの表情を見せてくれたこずえさんに心からの感謝を。ありがとうございました。

記事を気に入っていただけたら、写真見ていただけると嬉しいです。 https://www.instagram.com/takahiro_bessho/?hl=ja