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ダブルジョブと副業の違い

前回のノートの中で、Timebankには「ダブルジョブとして登録している」という話をしたのですが、あまり耳慣れない言葉だと思います。二つ仕事というと「副業」とか「兼業」という単語が日本語にはあるわけで、それとは何が違うのか。勿論、違う意味合いがあるから違う単語を使っているんですが、あまりそのことをこれまで話したことはないので、この機会に話をしておこうかなと。

まずは長い前振りから。長いので、下の方の「本題」から読んでくださっても全然だいじょうぶです。

僕はそもそも、20代の後半あたりから大学の教員として働いてきたわけで、それが僕の仕事であり本業でありジョブだったわけです。こうした研究職の人間は、出だしは非常勤講師からスタートして下積みを経て、業績を上げていき、最終的には教授になってゴールインという流れなんですが、その道は現在、極めて厳しい状態にあります。専任のポストが極めて少ないのに、毎年大量に大学院生が生み出されるので、専任ポストを求める非常勤の研究者が無限に列をなしているんですね。倍率が異様に高いわけです。このあたりのことを書くと際限なく脱線していくのでまた別の機会に譲るとして、こうした状況にあって、僕は意図的に講師でいることを選んで現在に至ります。14年程大学の講師をしている間に、教授へのポストにまったく可能性がなかったかというとそうでもなく、人生で二度ほどそういうお話が回ってきました。そしてそのうち一回は、本当に決まる直前のところまで行ったのですが、結局僕の方の都合で断ることになりました。さて、その時僕が断った理由は、二つのことを天秤にかけたからです。

1. 専任教員(大学教授)の経済的安定

2. これまで最大限自由だった時間の制限

二つのことを天秤にかけて、僕は2の「自由」を選んだというのが、結局のところ一番の理由になります。他にも、職場が今いる場所から遠くはなれた場所になってしまうというのも断る理由でした。断った時、僕にその話を紹介してくれた先生は、ほとんど怒らんばかりに翻意するよう説得してくれたのですが、最終的に僕は講師でいることを選びました。そしてそれには、第三の理由があったんですね。その頃、僕は徐々に、写真の仕事が少しずつ入ってきている頃で、そこの収入がもしかして何かしら未来に繋がるのではないかという気がしていたんです。でも、当時はまだまだ収入と呼べるほどの額ではなかったので、その理由は表には出しませんでした。

数年後、今の状態にいたるきっかけがいくつかあって、僕は今ダブルジョブという形で生計を立てています。収入の内訳はあまり明確にはしませんが、大学の教員としての給料よりも、写真家としての仕事の収入の方が大きい状態です。今や、いわゆる「本業の教員」と「副業の写真家」は、立場が逆転したような状態ですし、実際同僚の教員や学生たちからさえ、「教員やめへんの?」と良く聞かれますが、僕はこの点に関しては一貫した決意を持っていて、大学の教員をやめるつもりはまったくないんですね。

なぜやめないのかというと、僕の今の二つの仕事は、相互にシナジー効果を与える状態にあるからです。全然違う分野のことをやっているように見えて、僕の二つの仕事は、それぞれに対して明白に良い影響を与えることが、やっている間にわかってきました。大学の教員、特に文学系の研究者としての経験から、僕はモノを書いたりまとめたり、それを人に説明したりすることを苦にしません。また、人前で話すことを10年以上続けてきたために、講演会やセミナーなど、どのような規模でも話すことが出来ます。一方、写真家として各地に飛んで、その場所で色々な写真を撮ることで、僕は各地の光景や文化をその目で見ることが出来ます。僕の文学研究者としての専門領域は「視覚表象文学」というもので、簡単に言うと「見たことを表現するということはどういうことなのか」を研究する分野なのですが、何かを見て、それを写真にするという行為を通じて、僕は自分の文学研究の領野における、いわばフィールドワークを同時にしているということになります。二つの仕事はまったく違う分野の領域であるにも関わらず、相互に好影響を与えているというわけです。

さて、ここから漸く本題です。

そのような観念的精神的な意味での「相互影響」だけではなく、経済構造や社会的な環境においても、二つの仕事を持つということはとても良いことです。そして今回の話の一番大事なことはここからなのですが、その時、その二つの仕事のうちのどちらかが「主」で、どちらかが「副」であるという形で仕事を決めるのは、もったいないですよということを、今回は言いたいんですね。

例えば大学の講師が予備校の講師をするような形が、よくある形での「本業」と「副業」です。二つの仕事は互いに近接する業種であり、本業での知見を、副業に流用するような形での仕事の持ち方になります。僕も20代の後半はそうやって収入を増やしていたし、こういう職業選択の形はものすごく自然なんですが、これだとジリ貧になる可能性が高いです。というのも、大学の講師も予備校の講師も、大きな枠組みでいえば「教師業」で、収入の道は二つあるように見えて、同じ仕事を違う名目でやっているという形になります。つまり、本来ならば潜在的に一つで得るべき収入が、単純にリスクを分岐するというだけで(あるいは本業分が本来望ましい程稼げないのでしょうがなくという形で)収入が二分化されているということになります。

こうした働き方は、最終的に本当にしんどくなります。例えば単純に場所を移動するときのその時間のロスだけで、個人にとっては経済的な損失なわけです。もし大学の教員だけで十分時間を使って、そしてお金が十分稼げるなら、予備校の講師をする必要はないわけです。勿論その逆も十分ありえます。どちらの形になるにせよ、副業とは、本業での足りない収入を補うためにやるもの、という働き方です。

そうではなくて、「ダブルジョブ」という働き方は、二つの仕事は本来まったく別々の領域にある仕事をやります。どちらかがどちらかに従属するのではなく、二つは個別の仕事です。僕の場合は大学教員(文学研究者)と写真家ですね。二つの仕事がまったく別の領域にあるために、これらの仕事は「本来得るべき収入」を単純に2倍以上にする可能性があります。まったく経済的には違う領域に属しているために、入ってくるお金の流れもまた完全に違うものだからです。大学の教員と予備校の講師だと、副業分の収入は本来本業で稼ぐべきものだった分が、違う名前で入ってくるだけにすぎません。でも完全に違う仕事を二つ持つということは、付き合う人間も完全に違う世界に属するし、作られる環境も完全に分かたれた二つの世界を持つことになります。そうやって違う世界で生きることを通じて、上でも述べたように、これまで自分でも知らなかったものがお互いの領域に好影響を与えて、またそれがもう一つの仕事をがんばるための動機に繋がります。何よりも、「やらざるを得ない副業」ではなく、あるいは「ほんとはやりたくない本業」でもなく、どちらも自分が必死にやりたい「ジョブ」であるということは、人生を出来る限り最大限生きることにも繋がります。

勿論リスクもあります。リスクゼロというのは、むしろ最大のリスクであるというのは、ある程度社会人として生きてきた経験がある人ならばご存知のことでしょう。自分の人生の一部をまったく賭けることなく、良い結果だけを求めるというのは、宝くじが当たるのを待つようなものです。ダブルジョブも、単に働きすぎてしんどいだけで、どちらもがお互いの足を引っ張るということにもなりかねません。僕も、実際には二つの仕事の時間的配分や体力的な維持など、課題は山積みです。でも、ダブルジョブにはもう一つの強みもあるんです。

その強みとは、利益を生み出す構造が、個々人に特有のものに成り得るということです。例えば一つの職業だけの場合、同じ仕事をしている人は山のようにいるわけです。仕事が減りつつある今の世界、今の日本においては、働くということは常に過当競争に放り込まれるということになっちゃうんですね。僕の例だと大学教員ですが、専任教員のポストは数に限りがあって、熾烈な奪い合いの状態です。誰かがポストについたら、それ以外の誰かはポストに付けません。大学院生は毎年増えていて、研究者は大量に余っています。どんどんと大学の専任のポストを得るのは厳しくなるばかり。まさに過当競争そのものです。

それに比べて、二つのジョブを持つということは、その片方ずつがそれほど大きな仕事でなくても、その二つが掛け合わされたときの個人の価値は、誰かに奪われたり、誰かに代替される可能性が少ないのです。組み合わせは無限大であり、その組み合わせごとに、異なった価値と意味が生じます。多分今の日本で、文学研究者でありつつ写真家でもあるという人は、僕以外にはそれほどいないはずです。その固有性が価値となって、そこにお金を払ってくれる人も出てくるというわけです。

そしてこのような形での「個人の新たな経済的価値の創出」が増えれば増えるほど、国家自体の経済的可能性が増えるので、多分これからの日本は税制改革をしてダブルジョブや副業を持ちやすい環境が整えていくはずです。そうした外的環境が整うにつれて、今は奇異の目で見られるダブルジョブ環境は、普通のものとして受け入れられていく素地が作られるでしょう。

というわけで、ダブルジョブというのは、まったく違う二つの仕事を通じて、「個人」の価値を高めるための有望な道だということです。勿論これまでの話は、完璧な一つのジョブを持っている人には縁のない話なんですが、フリーの人たちには参考になるかもしれませんね。

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