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【マルチレベル】環境変化の中で、組織に対するポジティブな態度を形成するメカニズムとは?(王, 2018)

最近ホットなマルチレベル分析関連の論文を漁っているうちに、大変興味深い論文を見つけました。VUCAと叫ばれる時代ですが、そんな環境変化の激しい時代において、ポジティブな態度形成に、内的・外的環境ダイナミズムが及ぼす影響を実証的に調べた論文です。
王先生は仕事で一度お会いしたことがあるのですが、経営理念に関する造詣が深く、ゼミ生の皆様のレベルも高くて、研究と教育を高いレベルでバランスさせていらっしゃるという印象を、大変僭越かつ勝手ながら持っておりましたが、マルチレベル分析も駆使されているとは・・・研究者の皆様の凄みを感じ入るばかりです。

王英燕. (2018). 態度形成の規定要因 アイデンティティ志向性と環境ダイナミズムのマルチレベル分析. 組織科学, 52(1), 58-74


どんな論文?

この論文は、アイデンティティ志向性が職務態度や転職意向などに与えるポジティブ・ネガティブな影響や、その影響に対する環境のダイナミズムの作用を分析したものです。

論文によると、アイデンティティ志向性とは、「異なる社会的動機付け、自己知識と自己価値の根源を代表する「個人」と「関係」、「集団」という3つの自己概念の中心」と定義されるようです(Brickson, 2000)。

このアイデンティティ志向性は、自己概念として、環境に影響されつつも安定的な性質を持っており、人間の認知と感情に方向付けを行う、態度形成を示す概念として扱われています。

このアイデンティティ志向性が、環境的要因にどのような影響を受け、認知と感情や、転職意欲に影響を及ぼすのか、というメカニズムを、組織レベル・個人レベルの「マルチレベル」で分析し、実証しています。

P61

研究の結果、以下のような結論が導かれました。

  • 関係志向性と集団志向性は、それぞれ職務態度と関連しており、知覚された組織的支援と職務満足が促進され、転職意欲が抑制される

  • 職務満足と転職意欲への影響は、関係志向性よりも集団志向性方が強いことが分かった

  • 関係志向性の強い人も、集団志向性の強い人と同様に組織からの高い支援を近くしている

  • つまり、同僚など他者との絆を重視して人間関係が円滑であることを大切にする、日本的な職場環境の特徴が反映されていると考えられる)


  • アイデンティティ志向性と職務態度との関係において、内的および外的環境ダイナミズムの異なる調整効果が確認された。

    • 内的環境ダイナミズムが高い組織ほど、アイデンティティ志向性は職務態度の形成に有利な方向への影響を促進

    • 外的環境ダイナミズムが高い組織ほど、アイデンティティ志向性は職務態度の形成に不利な方向への影響を促す傾向


  • 関係志向性と集団志向性の転職意欲への抑制効果は、内的環境ダイナミズムの高い組織では強まるが、外的環境ダイナミズムの高い組織は弱まる

  • つまり、関係志向と集団志向が強くても、外的環境の影響を受けると、転職意向は下がりにくい


概念(変数)の補足

今回の研究で扱われている概念(変数)を補足しておきます。

1.アイデンティティ志向性

上述の通り、「個人」「関係」「集団」の3つの自己概念を表すものですが、論文をもとにそれぞれについて簡単に紹介します。

  • 個人志向性:自己利益に動機づけられており、他社との比較により自己の存在を確かめようとする性質(他者より優遇されたい!という傾向)という特定の関係または組織に同一化する傾向が低く、結果的な公正性を強調する。

  • 関係志向性:他者の利益追求に動機づけられており、重要な他者との役割関係の視点から事故をとらえ、相互関係における役割の達成によって自己を評価する性質(他者との調和が大事、期待に応えたい!という傾向)。親しい人との関係維持のために努力する。人との関係次第でポジティブになる。

  • 集団志向性:組織全体の利益によって動機づけられており、集団特徴から自己を捉え、他組織との比較から自己の存在価値を評価する性質(この組織にいることが誇らしい!という傾向)。組織同一化やコミット面とが強く、組織からの支援も実感しやすい。


2.内的・外的環境ダイナミズム

著者によると、内的環境ダイナミズムとは、組織ルーティン、規則、施策、部門構造の変化等を指し、外的環境ダイナミズムとは、競争相手、市場、顧客の変化等を指すようです。

この「環境ダイナミズム」とは、変化の度合いと予測の難しさを含んでいる概念のようです。単なる環境変化、という静的な状態でなく、変化の度合いや予測不確実性といった変動を含む動的なものとして、ダイナミズムという言葉が使われています。


論文からの学び

この論文は、研究結果のみならず、そのまとめ方や表現方法からの学びも多くありました。主な2点を紹介します。

1.検証結果のまとめ方がわかりやすい
論文を読んでいると、たいてい「考察」のあたりで、「あれ、仮説ってなんだったっけ?」と戻ることが多いのですが、この論文では、仮説検証結果を表にしてわかりやすく纏められている点がユニークで、とても参考になります。

P71

2.複雑なモデルをていねいに検証、分析
上の方で示したモデル図と、変数間の関係はそこまで複雑でないように見えますが、実は分析上はとても複雑な処理を必要とします。その複雑な処理を、表などで大変わかりやすく整理されており、前述の仮説検証結果のまとめ方も含めて、何度も読み返したくなる論文です。

例えば、このようにまとめられています


感じたこと

複雑なことをいかにわかりやすく、読み手に届けるか。この論文の凄みは、この一点に凝縮されていると感じます。
扱う概念や関係性、分析が多少難しくとも、表現の工夫でここまでわかりやすくなるのか、と勉強させられました。(もちろん、研究論文なので多少とっつきにくいのですが)マルチレベル分析の観点でも、進め方、記載方法ともに参考になります。

そして何より、著者の専門性が活かされていると感じました。王先生は、経営理念や組織アイデンティティなどの研究もされており、VUCA時代に求められる変化のダイナミズムと、ご自身の領域であるアイデンティティ志向性をうまく掛け合わせている点が素晴らしいと感じます。自分自身の研究領域・立ち位置をしっかり持ち、今の時代にあった研究を通じて示唆を届ける、といった「思い」を(勝手ながら)受け取り、こういう研究をしたいと改めて思わされる論文でした。

素晴らしい論文からの刺激は、研究に向かうモチベーションを高めてくれると改めて再認識しました!

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