小説『無題』~2018文学フリマ発表作品③~

例によって第3章です。投稿に当たって一部加筆修正しました。

よろしくお願いいたします。


3. 「彼ら」

新宿区市ヶ谷にある防衛省の会議室の一室では首相,危機管理監,防衛大臣と各陸海空自の幕僚長が集まっていた。
「というわけで,日本が単独で救出作戦を行うことになった。他国の直接的な支援は見込めない」
首相がこう締めくくるとまず防衛相がまくし立てた。
「なぜだ。日本だけの問題じゃないだろう。あちらさんも同じくらいのリスクはあるはずなのになんで協力しないんだ。それに自衛隊の他国活動はいいのか。前代未聞だぞ」
「大臣ならわかるだろう。結局責任のなすりつけだよ。その代わり情報は提供してくれる。前例がないのは確かだが,存立危機事態として対応する。事実ここまで来たらやるしかないだろう」
「それはそうなんだが……」
と防衛相は言葉を濁した。
渋るのも無理はない。この防衛相だって結局は政治家で自分の進退が一番大事なのだ。
首相はなかなか判断ができない防衛相にいらだちながら3人の幕僚長に聞いた。
「君たちはどう思う? 政治的な問題が片付けば,“穏便に”救出できる見込みはどれくらいだと思う」
幕僚長たちは少し考え,陸自の幕僚長がと答えた。
「陸自の特殊作戦群が適任でしょう,可能性が一番高いのは彼ら以外にいません」
彼があくまで「可能性」と言ったのは,作戦遂行に100%は無いからだ。とてつもない情報から作り出される作戦は,結局のところ全ての事態に対応できるわけではなく不測の事態は常に起こりうる。リスクをリスクとして計算に入れておくのは当然だった。
「場所と敵の人数,装備が分かれば作戦の立案まではなんとかいけるでしょう。ただその先は運を天にです」
と彼はさらに続けた。
「ふーむ……」
首相は少し黙考した。
まず国内の政治リスク。自分がこれから下そうとしている判断は戦後日本史上初の判断となるだろう。野党からの圧力,政権内の批判,マスコミの批判,彼らの世論操作による一般国民の反応エトセトラエトセトラ……。
同時に外交リスクも考えなくてはいけない。すでにアメリカには貸しが1つある。それに人質が人質だ。欧米各国との安全保障の足並みを揃え,対中露戦略の柱を崩すわけにはいかない。
それにもし。もし人質が“穏便に”救出されれば,日本の安全保障上の地位は向上するのではないかとも考えた。アメリカが気にしている対日赤字で少しは譲歩するかもしれないが長期的に考えれば,今回うまくいけば対米外交も大きな転換点になるかもしれない。
特に安全保障の分野では各国との連携が今以上に加速するだろう。防衛分野では,日本は各国から遅れていると言われる。特に防衛産業については自衛隊の多くの装備が外国からの輸入なのだ。
今はいいかもしれないが長期的に考えれば,自前で調達できるような体制を作りあげることは必要なはずだ。
だが失敗した時は,と考えるだけで胃が痛くなるようなった。対中露戦略では日本は完全に孤立し,欧米諸国との連携にも溝ができる。
そのほかにも国内政治の状況だ。国民,いやマスコミから袋だたきに遭い,事情を何も知らないコメンテーターからは格好の的に晒される。自分は総辞職すればいいのかもしれないが,それもそれで党のイメージ低下や法案審議の停滞などマイナス要因は数えようがない。
数分ののちこう首相はこう言った。
「いずれにしてもこれは海上警備行動の範疇じゃない。防衛行動として対処しよう。法解釈は法律家に任せる。君たちは救出を前提に情報を集めてくれ。最終的なゴーサインは私が出す」


【お知らせ】

今年11月24日に開催される文学フリマに,去年と同じサークルで出店します。

『明けない夜―犯罪心理行動等分析室捜査ファイル―』という小説を書きました。他のメンバーの作品と一緒に本になります。

もしお時間ありましたら来ていただければ幸いです!

詳細が決まり次第お知らせしていきます!

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