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たかこ先生のレッスン徒然日記vol.30『初めての海外4』

町田市でピアノを教えています田中貴子です。いつもお読み下さってありがとうございます。初めての海外の思い出を綴っています。

サンフランシスコからボストンへ飛んだところから。
サンフランシスコでは夜ぐっすり眠れたので、「時差ボケ」というのを感じずにボストンに飛びました。そしたら来ました、、、ものすごい「時差ボケ」(笑)
アメリカは広いので西と東で時差があるんですよね。東に飛んだ時の時差ボケの酷さは驚きでした。

もう何をしても眠い(笑)
瞼が自然に落ちて眠りこけてしまう。
ボストン・マサチューセッツ工科大学でのピアノ研修は時差ボケとの闘いから始まりました。ここで寝てはいけないと周りの大人は必死に起こそうとするのを、我慢できずに完敗。。
歩きながら寝てました(笑)

宿泊は大学内の寮の部屋をシェアして使いました。
寮での共同生活も初めて。
シャワーは共同、トイレはあまり綺麗な印象はなく、どこでどう過ごしたら良いのか戸惑ったのを覚えてます。

寮のお部屋、もちろん相部屋。

食べ物はなんでも量が多い。
どんなメニューにも大量のフライドポテトがついてきて、特に飲み物は「普通」で良いのに、なぜか特大のカップで出てくる。
今にして思えばそれがアメリカでは「普通」だったのですが、小学生には多すぎました。
小学生の頃のたかこ先生は、味の濃すぎるもの、甘いものがほとんど食べられませんでした。
驚かれるのですが、16才くらいまで菓子類が食べられませんでした。ケーキNG。唯一食べられたのがアイスクリームなのですが、アメリカではそれも甘すぎてNG。フライドポテトのことを書いたのは、実は食べられなかったのです。

白いご飯とお味噌汁、鮭に、納豆、卵焼きで3食いけるくらい、他に芋のにっころがし、たまに母の作ったカレーライス、お肉(焼き肉オンリー)があれば何もいらなかった。
こんな偏食少女にアメリカで食べられるものなどほとんどなく、結果、飲み物に走るのですが、困ったことにコカ・コーラが飲めない(甘すぎた)。ジュースもなんだか甘い。そこで覚えたのがスプライト。未だに海外行くとスプライト飲んでます。
ちなみに現在は雑食系、なんでも食べます。

こういう環境でピアノを弾く経験がなかったので、ボストンに着いてすぐに演奏会に出ると知って「嫌だなぁ」と思ったのをよく覚えてます。
眠いし、食べられないし、練習出来ないし(講習会あるあるですが、全員に満足できる練習室の数はなく)
それでも演奏会はやってきます。

弾いたのはメンデルスゾーンのロンド・カプリチオーソ。
ホールに着いてビックリ。
見たことないほど大きな建物で、中に入ったらこれまた見たことない広さ。

演奏会前に会場前で師匠と

時差ボケと闘う小学生が平常心で挑める環境とは言い難く(笑)
そしてトドメは「2000人以上お客様がいる」
経験したことないほどの緊張が襲いました。

舞台袖からステージに歩く姿は師匠いわく、「ロボットが歩いてるみたいだった」
お辞儀してる写真が残ってるのですが、自分でも驚くくらいのガチガチなのが分かります。

この写真をもらった時にはすぐにでも捨てたいと思ってましたが、残してて良かった😅

舞台から見る客席は真っ暗で、ライトは眩しかったのですが、ステージは全体的に少しほの暗い感じでした。
椅子に座るとなんとなく落ち着いて、序奏を弾き始めてました。シーンと恐ろしいくらい静まりかえっていて、それがとても気持ち良かった。
ロンドに入ると、舞台のあちこちから妖精が現れるような錯覚があって、終わる頃には「え、、、終わっちゃう??もっと長く弾いちゃおうかな、、、」と思うくらいでした。

アメリカから帰国後、アメリカのスタッフの方から送ってもらった舞台写真。

生まれて初めてスタンディングの拍手をいただきました。カーテンコールも何回もあって。
小学生が一生懸命弾くわけですから、大サービスのご褒美と分かっていてもこれは本当に嬉しくて、なにより、曲のあちこちを本当に楽しめたのが大きな充実感になってました。
まだまだ幼い感覚で、今にしてみれば、とても短絡的な感覚だったとは思うのですが、おぼろ気に「もしかしたら、音楽の道を選ぶことになるのかな」と思うきっかけの一つになっていました。

お読み下さってありがとうございます。
マイペースで投稿していきます。
気長にお待ちください😊


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