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街と街道を歩く

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国内や海外の街や街道、通りを歩いた記録です。週1,2回の掲載を予定しています。
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【海外の街を歩く】12年前のパリ散策(その2)

パリ旅行の二日目、ホテルを出発すると先ずはカルーゼル広場に行ってみた。広場の東には、ルーブル美術館と入口のルーヴル・ピラミッドが眼に入った。 カルーゼル広場とルーヴル・ピラミッド カルーゼル広場(Place du Carrousel)はパリ1区にある公共の広場で、1871年まではその地にチュイルリー宮殿があった。 チュイルリー宮殿(Palais des Tuileries)は、1563年に当時の摂政であった王母カトリーヌ・ド・メディシスが建造を命じ、フィリベール・ドゥ・ロ

【海外の街を歩く】12年前のパリ散策(その1)

2011年の4月末から5月初旬のゴールデンウィーク、パリに1週間滞在した。 東日本震災から二ヶ月弱の時期だったが、以前から計画していたこともあって、予定通りパリを訪問した旅行だった。 滞在中はガイドブック片手にパリの街を歩き回り、パリの街角の雰囲気や空気感を楽しんだ。 早いもので12年以上の時が経過し、記憶もかなり薄れてしまったが、パリの地図を開いて宿泊していたホテル周辺を眺めていると、近所の2軒並んだ八百屋やスターバックスなどの記憶が蘇ってきた。 当時の記憶を呼び起こしつつ

【街と街道を歩く】東海道を歩く(原宿~吉原宿)その3

東木戸跡 岳南鉄道の「本吉原駅」踏切の手前に、東木戸跡の道標があった。 ここから西木戸までが新吉原宿だったことになる。 岳南電車岳南鉄道線 岳南電車岳南鉄道線は、1949年11月18日に開業した富士山麓をのどかに走る全長9.2Kmの鉄道だそうだ。 車両は、京王帝都電鉄を走っていた車両が使われているそうで、京王電鉄の利用者にとっては懐かしい車両なのだろう。 新吉原宿 東海道五十三次の14番目の宿場である吉原宿は、1680年(延宝8年)閏8月6日の高潮により壊滅的な被害

【街と街道を歩く】東海道を歩く(原宿~吉原宿)その2

元吉原宿 東海道五十三次の14番目の宿場である吉原宿は、高潮被害により二度移転している。最初に宿場があった位置を「元吉原」と呼んでおり、富士市の今井から鈴川に掛けての範囲にあったそうだ。 天文年間(1532年~1554年)からあったそうで、1639年(寛永16年)の高潮により壊滅的な被害を受けたことから、内陸部の現在の富士市八代町付近の「中吉原」に所替したそうだ。 海岸に近い街道沿いの宿場は、確かに高潮の被害を受けやすかったのだろう。 妙法寺(富士毘沙門天) 妙法寺で開

【街と街道を歩く】東海道を歩く(原宿~吉原宿)その1

2023年6月中旬の週末、旧東海道を原宿から吉原宿までの大凡17kmを歩いてみた。 当日は天候に恵まれ、終日富士山を眺めながらの歩行となった。 西木戸(見附)跡 JR原駅から歩き始め、旧東海道筋に出てしばらくすると、原宿の西木戸(見附)跡に遭遇した。 西木戸(見附)跡の碑には、「原宿は現在の西町、東町、大塚本田の三町で形成され、西と東の境に木戸を設けて、宿場の入口にした。」、「東木戸から西木戸まで、即ち原宿の距離は660間(2.2km)あった。」といった記載があった。 し

【街と街道を歩く】東海道を歩く(三島宿~原宿)その4

神明塚古墳 15:00、神明塚古墳に到着。 神明塚古墳は、全長52.5メートル、標高6メートルの前方後円墳。 後円部に神明宮が祭られていることから神明塚古墳と呼ばれている。 塚の周囲には周溝(堀)がめぐらされているが、前方部の周りが崩れており、周溝も大半が埋没している。 当初、この古墳は古墳時代中期~後期(5世紀中頃~6世紀代)のものと考えられてきたが、出土した土器の製作時期などから、古墳時代前期(3世紀後半)にかけて造営された古墳であることが判明したそうだ。 神明宮の階

【海外の街を歩く】リスボンを歩く(その5)

リスボンの坂道 リスボンは別名「7つの丘の街」と呼ばれており、坂の多い起伏に富んだ地形の街だ。 坂道を歩いてみたり、トラムやケーブルカーを使って巡ってみたが、垣間見える鮮やかなオレンジ色が連なる屋根や爽やかな青い海の美しいコントラスト、高低差が織りなす風景に魅せられた。 サント・コンデスターヴェル教会 トラム28番線に乗り、終点のプラゼーレス墓地まで行ってみた。 そこから徒歩で戻り始め、サント・コンデスターヴェル教会の前を通った。 サント・コンデスターヴェル教会(Ig

【街と街道を歩く】東海道を歩く(三島宿~原宿)その3

乗運寺と若山牧水の墓 千本山乗運寺は、天文年間(1532年 - 1555年)に創建された沼津市にある浄土宗のお寺だ。寺の開基は増誉上人(ぞうよしょうにん)。 昔、この一帯は風害や塩害のため荒地であったことから、増誉はこの惨状を憐んで松の苗を植え続けた。これが後の千本松原になったと言われている。 地元住民は増誉に感謝し、草庵を建てて増誉を住まわせたことが乗運寺の起源だそうだ。 良く手入れされた庭は、すがすがしさを感じた。 門を入って右手に若山牧水の墓があった。 千本松原

【海外の街を歩く】リスボンを歩く(その4)

サンタ・ジュスタのリフト サンタ・ジュスタのリフト (Elevador de Santa Justa)は、リスボンのカルモ通りにあるエレベーター。 通称は「カルモのリフト」(Elevador do Carmo)と言うそうだ。 リフトは鉄製で高さ45メートルの垂直に立つ建造物。 乗ったような気がするのだが、なぜか景色を写した写真が見当たらない・・・。 サン・ペドロデ・アルカンタラ展望台 サン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台(Miradouro de Sao Pedro d

【街と街道を歩く】東海道を歩く(三島宿~原宿)その2

平作地蔵尊 11:30AM、平作地蔵尊に到着。 平作地蔵尊の創建時期は不明とのことだが、歌舞伎や人形浄瑠璃の「伊賀越道中双六沼津の段」 に出てくる沼津の平作爺さんにゆかりの深い地蔵尊としてその名を知られているそうだ。 日本三大仇討ちの一つだそうだが、歌舞伎や人形浄瑠璃をあまり知らないもので、今回、初めて知った・・・。 沼津一里塚 平塚地蔵尊から10分程歩くと沼津一里塚に到達。 旧東海道の30番目の一里塚にあたる。 伏見一里塚からは3kmちょっとしかなく、案内板には「本来

【街と街道を歩く】東海道を歩く(三島宿~原宿)その1

2023年5月下旬の週末、旧東海道を三島宿から原宿までの大凡16kmを歩いてみた。 天候に恵まれ、歩きだした頃は富士山も山頂部分が見えたりしていた。 白滝公園 白滝公園は、三島駅から約500m南にある。 公園の名の由来は、かつて、富士山からの湧水が滝のように湧き出していたことから白滝の名が付いたそうだ。 公園内には、大きな溶岩が見られる。富士山の噴火の際に三島まで溶岩が流れてきたときのものだそうだ。 白滝公園でストレッチをしてから歩行を開始した。 本陣跡 9:30AM

【海外の街を歩く】リスボンを歩く(その3)

9月10日(月)、この日は、地下鉄でフェリー・ターミナル駅(Terreiro do Paço)まで行き、観光を始めた。 フェリーターミナル(Terreiro do Paço) フェリーターミナル(Terreiro do Paço)は、コメルシオ広場の近くのテージョ川沿いにある。 月曜日の朝10時頃、閑散として人影は少なかった。 カサドスビコス(Casa dos Bicos-Museu de Lisboa) フェリーターミナルの周辺を歩いていたら、奇妙なスパイクのついた

【海外の街を歩く】リスボンを歩く(その2)ベレン地区

ポルトガル鉄道のカイス・ド・ソドレ駅(Cais do Sodré)で カスカイス線に乗り、ベレン駅(Belem)まで乗車した。 駅を降りると先ずはジェロニモス修道院に行ってみた。 ジェロニモス修道院 ジェロニモス修道院(Mosteiro dos Jerónimos)は、リスボンのベレン地区にある修道院であり、世界遺産「リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔」の構成資産のひとつだ。 マヌエル様式と呼ばれる過剰装飾が特徴的なポルトガル独自の建築・芸術様式の最高傑作ともいわれ

【海外の街を歩く】リスボンを歩く(その1)

2018年9月8日(土)から2018年9月15(土)にかけて、夏休みを利用してポルトガルのリスボンとスペインのマドリード、バルセロナを旅行した。 旅行で行き先にポルトガルを選んだのは、以前、ポルトガルの国名の由来にもなった町「ポルト」のホテルの窓からの眺めを映したテレビの映像に惹かれたからだった。 ただし、ポルトにどの程度観光スポットがあるか良くわからなかったので、まずはリスボンを見てみようと考え、この時の旅行では、リスボンを行き先に選んだ。 9月8日(土)の午前中に成田