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『アデン アラビア』の冒頭文と、恋から逃走した20歳の私

ポール・ニザン著の『アデン アラビア』を紹介すると、政治思想を語ると思われるかもしれない。ニザンと言えばフランスの小説家・評論家・哲学者にして人民戦線時代の共産党員として有名である。日本でも全共闘世代に支持された作家だ。

でもここでは、そんなことが話したいのではない。
この本は、私の20歳の苦い恋の思い出なのである。

30年以上前、別れた彼氏の本棚から、この『アデン アラビア』を人質として奪ってきた。
以来解放されることもなく、ずっと私の本棚に拉致されている。


まだ20歳の女子大生の頃、私は8歳年上のジャズバンドマンと恋に落ちた。
彼は、私にジャズと映画とお酒を教えてくれた人だった。
彼の部屋でヴィスコンティやフェリーニを知り、ニーノ・ロータやエラ・フィッツジェラルドを聴き、溝口健二も小津安二郎も、ヒッチコックさえ全部彼から吸収した。

ビデオダビングという、なんともアナログ低画質な方法でコンテンツを得ていた当時。
コクトーの映画を全部ダビングしてもらい、一晩中、禁酒法時代のアメリカとジャズの歴史話を聞くこともあったっけ。
20歳の私には、デートは夢の授業の連続だった。

彼という宇宙には、ときめきや感動、知らない世界が詰まっている。
だから繋いだ手を離すのが嫌だった。包み込まれる優しさの中で、いつまでも息をしていたかった。明日のことなどまったく考えない、瞬間だけを重ねる退廃ムードにも浸っていた。


でも私は気づいてしまう。

そこに本当の自分がいないことを
厭世的な自分に酔いしれて、現実逃避していることを。
膨大な知識と感動を積み上げながらも、混沌とした夜から抜け出せずにいることを。

琥珀色したフォアローゼズの空き瓶が、どんよりとした朝日に照らされている。その虚ろさは、行き場を失った私の魂のようだった。

息苦しい。大学に戻らなきゃ。もっと私の頭だけで考えなきゃ。あんなに大好きだったのに、ひとりになりたくて仕方ない。

20歳なんて熱病みたいな年齢だ。刹那的で、支離滅裂で、破壊的──

私は衝動的に彼に背を向けたけれど、彼も私から離れたけれど、それでも彼が好きで好きでたまらない。

好きな気持ちと彼から旅立ちたい願望は、同軸上に存在していた。
だから彼の本棚から『アデン アラビア』を持ち出した。

ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。

『アデン アラビア』冒頭文より

この冒頭が、頭に焼き付いていた。彼から離れようとしている、悲しく苦しい自分の気持ちにぴったりだった。

これは政治的思想と苦悩の物語だ」と彼は言う。
そんなことはわかっている。私とは全然違うけど、違わない。

別れてから、何度も何度も『アデン アラビア』を読んだ。
自分の思い出が強烈すぎて、いまだに本書の内容が頭に入ってこない。
この物語は、一生、私に寄り添うことはないと思う。

でも冒頭だけは、いつも鮮明に蘇る。
そんな本が、1冊くらいあってもいいだろう。

この本をちゃんと読んだ方、ごめんなさい。
私には、20歳の頃の苦い恋の思い出しか貼り付いていないのです。



付記:『アデン アラビア』 ポール・ニザン著

ニザンは自らを取り巻くフランスの体制や社会に不満を抱いていた。まだ見ぬ地アデンを目指して旅に出るが、そこでもブルジョワに搾取される現地民の悲惨な現状を目にする。
怒りと絶望感に溢れる本書は、日本では全共闘世代から絶大に支持されたという。
私と同じく、有名過ぎる冒頭文を暗記している人は多いだろう。