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消えた“ことば”、わかりますか 〜辞書コラム

次の言葉の共通点、お気づきになられるだろうか。

1)西ドイツ
2)iモード(アイモード)
3)キーパンチャー
4)ウォームビズ
5)MD(エムディー)

昔懐かしい言葉なんだけど……と思った方は、ほぼ正解としてしまおう。

実はこれら、三省堂国語辞典(三国さんこく)から消えたことばなのだ。

上の5つは、先日買った『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』から引用した。この本には1,000語の消えたことばが掲載されている。



三省堂国語辞典で削除されたことばでも、他の辞書で堂々と掲載されているのはままあること。
この記事で紹介する消えたことばは、三省堂国語辞典に限ることをご了承いただきたい。




▼辞書本は時代を映すかがみ


言葉の意味を調べるのは、近頃じゃwebやアプリ検索が主流だろう。分厚い辞書本は、おそらく本棚の奥の方に追いやられているに違いない。

この分厚い辞書本が、時代と共に更新されていることをご存知だろうか。

辞書は一度刊行されたらそれで終わり、というわけではない。
ことばは時代によって消えたり、生まれたりしている。
だから辞書は数年ごとに「改訂版」が出されるのだ。いわゆるアップデートである。
最初に出されるのが初版改訂版は順に第二版、第三版と、出されるごとに数字が増えていく。

ちなみに三省堂国語辞典と、日本で一番売れている新明解しんめいかい国語辞典は、2023年10月5日現在、第八版が最新版となっている。

下の写真は新明解国語辞典第三版第八版(黄丸で囲った箇所に明記)の辞書である。同じ辞書でも改訂版によって掲載されていることば等が若干違うということだ。



例えばトップで引用した5つのことばのうち、「ウォームビズ」が採録されたのは三省堂国語辞典の第六版(2008年)から。第八版(2022年)で削除された。
MD(エムディー)」は三省堂国語辞典の第五版(2001年)で採録され、第八版(2022年)で削除された。

採録された年、削除された年──。これだけでも時代が見えてくる
ことばの記録からも、暮らしの歴史が窺えるのだ。



▼消されたことばへの哀愁


三省堂国語辞典で削除されたことばは、時代の流れで忘れ去られた死語、制度の変更などで消滅した廃語、需要が減って存在感の薄れた語、編集方針上ふさわしくないと判断された語等々、事情はさまざまだと記されている。

使われなくなったことばを発見して削除することは、新しいことばや語義を見つけ出す以上に困難を極める。新語のようにもてはやされたりせずに、ただ音もなく消えてゆくのである。

三省堂『三省堂国語辞典から消えたことば辞典』より引用


この本の一節に、しばし目頭が熱くなる。
“音もなく消えてゆく”ことばの、寂しい背中が見えるようだ。


気になることばに
付箋を貼ったら
こんなたくさんになった


ではもう少し、『三省堂国語辞典から 消えたことば辞典』から退陣を余儀なくされたことばたちを見てみよう。

・裏日本、表日本(第八版で削除)
・頑張り屋(第七版で削除)
・自動券売機(第八版で削除)
・士農工商(第八版で削除)
・地味婚、派手婚(第八版で削除)
・スッチー(第八版で削除)
・スペースシャトル(第八版で削除)
・デカ長(第八版で削除)
・恥かきっ子(第八版で削除)
・ビニ本(第六版で削除)
・ファミコン(第六版で削除)
・ぺちゃぱい(第五版で削除)
・闇将軍(第八版で削除)
・ロンパリ(第五版で削除)



「頑張り屋」は、もうダメなのか。
「ぺちゃぱい」なんて、往年のギャグ少女マンガを賑わした筆頭ワードだったのに……。

さようなら。
『三国』から消えても、私があなたたちを忘れることは決してないからね。


▼実は辞書、めっちゃ個性的


冒頭でも述べたように、掲載語や削除語は辞書ごとに違う。
実は辞書というのはとても個性的。絶対無二の語釈(意味解説)などないのだ。

例えばこの記事で紹介している三省堂国語辞典は、ピシッと無駄のない明快な語釈が特徴である。
そしてなにより現代的流行語の類いもいち早く取り入れ、「見れる、着れる」等の正しくない日本語「ら抜きことば」でさえ、その注釈を入れながら採用している。

「ウルトラマン」三省堂国語辞典にはいちはやく掲載(第四版・第五版)されたが、残念ながら第六版で削除。
新明解国語辞典にはもともと「ウルトラマン」は掲載されていない。

こんな特徴の違いがあるから辞書は面白い。
それぞれの辞書に、それぞれのことばが生きているのだ。


『三国』は、どんなことばを掲載するかという判断が最も先鋭的で、「今」という時代の空気を敏感に捉えている。実際、他の辞書には載っていないことばが、『三国』には収録されている例が数多くある。

『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』佐々木健一著/文春文庫より引用



上に紹介した『辞書になった男』には、『三国(三省堂国語辞典)』と『新明解(新明解国語辞典)』を作った超個性的なふたりの国語学者・見坊豪紀けんぼうひでとし先生と山田忠雄先生のことが書かれている。
辞書作りに人生を捧げたふたりの壮絶な思いと確執、生きざまを読み取ることができる。

ふたりの国語学者は、言ってしまえば超オタク
ことばと辞書のキング オブ オタク。

常軌を逸しているからこその偉業であり、葛藤なのだ。

この記事では三省堂国語辞典のことを語っているが、私は山田先生の新明解国語辞典の絶大なるファンである。
新明解の特徴はズバリ、独断的で偏愛に満ちた語釈が多数見つかること。

これについては面白いネタがワンサカなので、別記事を構成中。

「辞書は味けなく堅苦しいもの」なんてとんでもない。
それは「サザエさんの亭主は波平レベルの勘違いだと断言したい。

編纂者たちの人間ドラマ、欲望、絶望、憤慨。そんな感情までもが語釈や用例にちゃんと表れている。個人的なうっぷんを晴らすような用例もけっこう見つかるのだ。

それらは近々投稿予定の、“笑う国語辞典”でお読みいただければ幸いである。



★サムネ及び記事中イラストはイラストACでお借りしました