ハワイ到着
少しは眠ることができただろうか。
熱を帯びた鋭い太陽光に顔を照らされる。
飛行機は斜めに傾き、大きく旋回している。
楕円形の小さな窓の外には、
大地母神のどっしりとした生命力を思わせるような、
野性的な緑濃い山々が見えた。
太古の昔、人類の文明の前からそこにあり、
人類がいなくなったあとも存在し続けると思わせるような力強い自然。
恵み豊かな自然の前では、文明も意味を失うように見える。
むしろ、自然を破壊し格差を生む文明は、人を不幸にしているのではないか?
大量に化石燃料を消費しながら空に浮かぶ鉄製の乗り物の中で、そう考える。
飛行機から降りると、温かい空気に全身を包まれた。
真夏の暑さというわけではなく、過ごしやすい初夏のような優しくぬるい空気。
一年で最も寒い時期の日本で冷やされ、硬くなった体がほぐれていくようで嬉しい。
空港の外には、ホノルルのエージェントの日本人男性が迎えに来ていた。
そのまま車でワイキキに向かい、ホテル内の診療所で私と娘は入学のための胸部レントゲン撮影を受けた。
エージェントはこのことをTBチェックと言っていた。
(ほとんどの人がBCGワクチンを摂取している日本人は、結核菌を保有していないことを証明する必要があるとのこと。当時3歳の息子はレントゲン検査を免除された。)
その後、次の日から娘が通う小学校と、息子が通うチャイルドケアセンターを見学に行く。
留学エージェントの事務所で私と娘が使うための携帯電話2台を借り、地図や案内のコピーをもらったあと、コンドミニアムまで送ってもらう。
留学エージェントを経営する中年男性は、私の両親くらいの年齢だろうか。
ハワイの女性と結婚しているのだという。
若い時にハワイに来て、女性と知り合い、そのまま移住したのだそうだ。
色々な人生があるのだと思う。
世間話を聞きながら、車のバックシートでうとうとしかけたとき、運転席から男性が聞いた。
「お母さんの人生の楽しみってなんですか?」
私はきょとんとしてしまう。
私の楽しみ?
そんなこと、考えたこともなかった。
眠い頭で「うーん」と考えてみるけれど、答えが思い浮かばない。
気まずい空気を察した男性が、バックミラーで私を見ながら「子供の成長ですかね。ははは。」と笑った。
「そうですね、ははは。」と話を合わせておく。
高速道路を走る車の中から、広い空とダイヤモンドヘッドを眺める。
ハワイに遊びに来たわけではないという気持ちでいるので、浮かれた気分にはならない。
私一人だけのためだったら、こんなお金の使い方はしないだろう。
「私」の人生の楽しみってなんだろう?
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