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【09話】小春麗らか、希(ノゾミ)鬱

3-2 球技大会そのいち


「だから安心しなよ。私立の上ノ原には話をつけておいた。絡まれることはあっても、もう殴られる事はない。そんな事があったら、向こうもただでは済まないからな。大きな犠牲を払うことになるだろうよ。だから心配ない。大きな顔して歩けとは言わないが、普通に暮らしていればまず問題はないだろうよ。いやならば、あの辺りを通るのは控えるんだな」

 俺はこの間上ノ原退治を頼んできたクラスメイトの三人組にそう言って聞かせた。絆創膏の傷が妙に信用の証となったのか、俺の不良伝説がまた一つ創られ、流されることとなった。他校の不良を制圧したとか、倒したとか、なんとか。あまり興味はないけどな。

「なあ、今度の球技大会。楽しみだよな、咲」

 祐希が昼休み、食事をしている時に話しかけてきた。

「んあ? 球技大会? そんなのあったっけ」

「なんだよ、去年もやったじゃん。男子はサッカーだよ」

「うわっ、面倒だな。俺、サッカー苦手なんだよ」

「そうなのか? 去年はどうしてたんだよ」

「体調不良って言って見学だったかなぁ」

「なんだよ、辛気臭い。今年はやるぞ。優勝してやるんだ」

「へぇ、なんでそんなにやる気なんだよ」

「軽音楽部の連中が言うんだ。球技大会のサッカーでクラス優勝できたら部活に復帰させてやるって」

「へぇ、なるほどね。それは確かに気合はいるかもな。でも、俺達クラスメイトとはあまり仲良くないじゃないか。サッカーは十一人でやる団体競技だろ? 俺達二人はどうしたって……」

「もちろん、その辺は既に交渉済みさ。俺と咲も出られるようにしてある」

 
 そう言うと、クラスメイトの男子の連中に合図を送った。そいつらも合図を送って返してくれる。ふーん、実はそんなに悪い連中じゃないのかもな。

「それにだ。実はうちのクラスにはサッカー部のエースが居るんだ。エースストライカーがいるんなら、もう勝ちは決まったようなもんだね」

「へぇ、エースストライカーね……」

 それなら得点力は他のクラスと比べても高い方にあるのだろう。少しは期待しても良いのかもしれない。球技大会。そんなものを楽しめる世界が来ようとは思っても見なかったけど、楽しんでみるのも悪くないのかもしれない。

「咲くんがんばってくださいね! 小春、応援していますから」

「ん? 女子は女子で何か競技があるんだろう? 小春はそっちを頑張れよ」

「女子はバスケットボールですよ。私もあまり得意ではありませんけど……」

「そっかぁ……まあ、麗も委員会で忙しいとはいえ、帰宅部だもんな。ここの四人全員帰宅部。普通に考えればベンチウォーマーの戦力外だもんな」

 よくもまあ、二人も、俺と祐希をサッカーのメンバーに入れてくれたものである。なにか裏がなければいいけれども。

 その日の放課後も俺達は屋上だった。いつもと違うのはサッカーボール一つ、バスケットボール一つを借りていることだ。男子女子に別れてそれぞれ球技大会の練習である。とは言っても、シュートの練習なんてできやしないから、パスとかリフティングとか、トラップとかの練習になるのだが。まあ、ボールを上手く操ることができるようになれば、試合でもうまく活躍できるようになるかもしれない。

 俺がゴロでボールを祐希にパス、受け取った祐希はリフティングでボールを上げ、蹴って俺にボールを返す。俺はそれを胸でトラップして受け取り、ボールを足に収めた。足の裏で止めて置く。ふぅ、こんなものかな。なかなかうまくできるもんじゃないか。そう思った俺は、それから少し離れた祐希に届くように少し大きな声で話し掛けた。

「おーい、祐希。なあ、お前、やっぱり軽音楽部には戻りたいのか。あんな事があっても、まだあそこに戻りたいのか。音楽なら、ここでもできるんじゃないのか?」

 ボールは再び祐希の元へ。祐希はボールを受け取り、いくつか操ってうまいことリフティングをしながら答えた。

「やりたいよ! 機材とか、音響とか、やっぱり自分ひとりじゃ出来ない魅力がある。音楽は一人でもできるが、みんなでやることもできる。それを教えてくれたのは咲だぞ。俺はやっぱりみんなでやりたい。俺が悪かったのなら、改める。大人になれなかったなら、大人にでもなんでもなる。俺は音楽を続けたいと、そう思う、よ!」

 サッカーボールが再び宙を舞って飛んできた。しかし、それは俺の上を通過し、後ろの方へ行ってしまった。

「やべっ」

 ボールは小春のもとに転がった。小春が拾ってくれて、手渡ししてくれる。

「すまないな、小春」

「いえいえ。はい、咲くんボール」

 ボールを受け取る時に、手が触れた。俺は思わず謝った。小春は「いえ……」と少し照れたようにしている。なんとも言えない時間が流れた。こういうの、他人から見たらどう思うんだろうな。当の本人としては早くなんとかしたくて精一杯なんだが。

 そんな時、ふと風が吹いた。残り少なくなりつつあった桜が飛び散るような、上へ、上へと飛んでいく風だった。小春はスカートを抑えながら、少し寒そうにしている。日も落ちてきたな。祐希も近くにやって来た。

「今日は冷えるな。もう辞めておこうか」

「そうだな、帰るか。咲」

 祐希はそう答えた。それから俺たちは片付けをして、帰宅した。手を振って、また明日と言って。ハイタッチなんかして、また明日と別れた。今日一日はそんな日であった。夕日が全て綺麗で、美しく彩っていた。そんな夕日さえもさようなら、また明日とそう告げていたのだった。



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