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企業が外部のエネルギーを取り込むことについて: ティム・クックとクレーマー

日本企業が世界で存在感を失い停滞している理由は株主も含めた人々一般の企業というものにたいするの期待の低さかもしれない、ということをティム・クックの本を読んで思った。

クレーマーとの対話

ティム・クックはカリスマであるスティーブ・ジョブズからAppleを引き継ぎ、さらに成長させるという困難なミッションを達成した人物だ。

iPhone5以後のシリーズやAppleWatchをヒットさせ世界最大の企業に押し上げた経営者であり、80年代生まれの世代とってはむしろジョブズよりも彼の代でリリースされた製品の方がApple製品の思い出として記憶に残っているだろう。

そして、そんな彼の半生をたどってみて面白いのが、2012年に時価総額世界一を達成し成功した彼に群がって様々な影響を与えようとしてくる人々である。

具体的には、世界一の時価総額を達成してもなお株価をもっと上げろと圧力をかけてくる株主グリーンピース、人権活動家FBIのような人々だ。

よく「米国は成功者を讃える社会だが、日本は成功者を妬んで足を引っ張る社会なのでイノベーションが起きない」と言われているが、本書を読む限りむしろ米国のほうがよりしつこく営者に対して倫理や社会的義務を求めてくる社会であるように思える。

そして、そういった要求に対して自分の言葉で答えることを求められる米国のリーダーのほうが、日本の経営者よりもより素早くトラブルに対処できるブレない善悪の基準を持っていて、また成功者の自分語りやお気持ちポエムではない公的で読むに耐える言葉で語る能力に優れているのではないかと思う。

そして、それが結果的に品質や組織の生産性の差にもつながっているのではないか?という気が強くしてくる。

グリーンピースと人権活動家

まず、そういった人々の中で一番強烈なのは環境保護団体であるグリーンピースだ。

日本では一般的に「生活のためにクジラ漁や林業をやっている人達に嫌がらせをする鼻持ちならない西洋人」と認識されているが、米国のハイテク産業に対する彼らの抗議も執拗だ。

たとえば、Apple社に対してはプラスチックの包装や工場で発生する有害物質だけではなく、データセンターの電源が石炭発電であることに対しても責任を持ち再生可能エネルギーに変えろと要求してくるのがすごい

また、日本にはいない独特な存在として登場するのが、アメリカ社会で差別されている人々を勇気づけるために経営メンバーの女性とマイノリティの割合を増やせと要求してくる株主だ。

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日本でも管理職や理系人材に女性が少ないという問題は存在するが、米国ではそういった指摘に対して「そうですね、それは問題ですね」と答えた場合は「じゃあ行動して進捗をHPで報告しろ」と具体的な行動を要求されるのである。

そして実際に、そういった批判を受けてティム・クックは上級管理職へのマイノリティの採用を増やすことを約束し、また、毎年従業員における女性の割合や人種構成を公開している。

そして依然として、アップルの管理職は白人および男性に占領されている。同報告書によると、そのうち男性は71%、白人は66%(前年から1%しか減っていない)だった。そしてアジア系は23%(前年の21%から増加している)、黒人やヒスパニック、ならびに複数のルーツを持つ人の割合に変化はなかった。

FBIと右翼

そして、そういった一群の人々の中でも最も厄介な存在として描かれているのが、テロリストや犯罪者の捜査のためにiPhoneのパスコード解錠を無限に試せる機能を用意し警察に開放しろと要求してくるFBIと右派論壇だ。

そういった仕組みはサイドウォークと呼ばれ警察のみがアクセスできるのだが、たとえそれが捜査の役に立っても結果的には全てのiPhoneにパスコード破る手段をインストールすることになってしまうリスクのほうが大きいのでAppleは拒絶し、またGoogleやFacebookもそれへの抗議に名を連ねることになる。

しかし、そういったことを非エンジニアの行政官や一般消費者や株主に理解させることは難しく、また、環境保全や差別の是正のようなポジティブな努力目標とは異なりテロリストの撲滅に協力せよという法律や不安感情に基づいた要求に抗うのには覚悟がいる。

Appleは圧倒的な知名度と多くのファンがあるもののこの件に関して世論は賛成派と反対派で真っ二つに割れ、また捜査に協力すべしという意見であるトランプ大統領から売国奴として非難されることとなった。

結局この問題は法廷闘争を準備していたAppleの予想とは裏腹に、この訴訟のきっかけとなったパキスタン系銃乱射魔のiPhoneをFBIが自力で解錠したところISISとのつながりを示す証拠が見つけることができず収束してしまうのだが、訴訟がそもそも撤回されてしまったので法的には宙吊りの状態である。

私は、この手の要求を拒絶するのが日本企業にとって一番難しいことだと思う。

自殺強制労働なくしてiPhoneなし

そもそも企業にとっては義務ではない環境への配慮やプライバシーの保護のような問題に対して、ティム・クックがそこまで真面目に取り込むのはなぜだろうか?

本書の筆者は保守的なアラバマ州で自分が同性愛者であることを隠して育ってきたティム・クックの生い立ちや社会人時代に大学で学んだ倫理学の影響を指摘しているが、私は素朴にティム・クックがApple社で頭角を表すきっかけとなった中国へのアウトソーシングに対する負い目が一番大きいと思う。

ティム・クックが行った最大の貢献は中国への製造のアウトソーシングを行いiPhoneの品質を維持しつつ価格を低下させたことである。

そして、請負先であるフォックスコンは軍隊式に労働者を統制している会社であり、ミスをした作業員を他の作業員の前で罵倒して精神的に追い詰めることで低賃金と労働負荷を維持しつつ秩序を維持しており、それによって20人以上の自殺者を出していて、かつiPhoneはそういった人々の手作業で作られている。

そもそも現代的なOSの基礎がつまっていて批評家からも絶賛されていた初代Macintoshが4900ドルという価格のせいで失敗したように、iPhoneもアウトソーシングを行わず米国内での製造にこだわっていたら同じ理由で成功しなかっただろう。

iPhoneの成功というのはつまるところすぐれたコンセプトに奴隷労働が加わって実現されたものであり、そのどちらかが欠けても成立しなかったという事実がある。

その観点からいえば、ティム・クックは、成功の立役者であると同時に、消費者も含めて皆がないことにしているAppleという会社の原罪の生みの親であるともいえる。

外部のエネルギーを取り込む

ジョブズは「時価総額が数十億ドルを超えるととたんにビジョンを失ってしまう会社が多い」と指摘していたが、奇しくもそれはジョブズが死去したさいのAppleの時価総額であった。

売上10億円の企業をさらに10%成長させるのと、売上1兆円の企業でそれを行うのとでは、後者のほうが遥かに難しい。

なので、ある程度成功した企業をさらに成長させ続けるるためには、経営者個人がより頑張るのではなくその成功に惹き寄せられて影響を与えようとしてくる外部の人々のエネルギーを取り込むことが大事なのかもしれない。

Apple社が果たしている社会的責任などというのはサプライチェーン全体が撒き散らしている公害や低賃金労働を考えればささいなものでありティム・クックは偽善者である、という批判が絶えることはないだろう。

とはいえ、AppleWatchの100%の紙製のパッケージは美しいし組織の多様性をアピールするPVも「世界が多用であることそのもの」を映した感じで美しいし、またティム・クックの差別問題に対するステートメントも無難なクリシェの羅列ではなくちゃんと刺さる言葉になっていてApple製品全般がそうであるようにかっこいい。

「アップルのCEOとして働き始めるずっと前から、私は根本的な事実に気づいていました」。その論説はこのように始まった。「人々は、自らの存在が完全に認められ、保護されていると感じるときう、より多くを捧げようという気持ちになるのです」


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