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ひんやりとした本たち。


いつっだったのか、忘れてしまったのだが
武蔵美の卒展(だったかどうかも怪しい)で
冷蔵文庫”なる作品が展示されると
SNSで知った。

よくわからなかったのだが、とても惹かれた。
要らなくなった、ビジネスホテルの部屋によく組み込まれているような
キューブ上の冷蔵庫を、本の交換所として使うというものだった。

なぜ冷蔵庫なのか、それはよくわからなかった。
本を交換するだけなら、イベントにしても良かっただろうし、
テーブルの上に置いて、ご自由にどうぞ、
というやり方もできたかもしれない。
それで、卒制になるのかどうかはともかく。

冷蔵文庫の仕組みはこうだ。
(1)本を一冊もってくる
(2)ラッピングをする
(3)本のタイトルを伏せて、メッセージを書く
(4)冷蔵庫を開けて、本を置く
(5)置いてある本の中から一冊を選び取る

とにかく本はその正体を明かさずに、
冷蔵庫に収められる。
なぜ冷蔵庫なのだろう。やはりそこが気になる。

きっと、こうだ(と思う)。
(1)本の粗熱が取れる。
本には前の所有者からのメッセージが添えられている。
そのメッセージはある種の熱をもたざるを得ない。
思いの強さと言ってもいいかもしれない。
そしてその熱量は、一冊ずつ違う。
それを、冷蔵庫は等しく冷やしてくれる。
これで選択肢としての本が横一線に並ぶことができる。
(2)鮮度が復活する。
ラッピングされることで、本は鮮度をもう一度纏うことができる。
ベストセラーもロングセラーも、実用書もマニアックな本も、
それがどんな本であるかが隠されることで、
冷蔵庫の中で息を吹き返し、その鮮度が保たれるのだ。
(3)背徳感が満たされる。
友だちの家に上がり込み、“勝手に”冷蔵庫を開けてしまいたくなるのは、
どこか、覗き見をするようなスリルがあるからではないか。
そういえば、本棚を見られるのが嫌だという人がいる。
頭の中を覗かれているような気分になるらしい。
そうだとすると、
冷蔵庫を勝手に開けてしまうと、
その人の胃袋の中を覗いていることになるのだろう。
つまり冷蔵文庫は、
胃袋の中にある頭の中を覗く仕掛けだということができる。
これはもう意味不明だが、開けたくなることこの上ない。
そして少しばかりいけないことをしている雰囲気がそこにはある。
その証拠にみんな楽しそうだ。
冷蔵文庫は、
冷蔵庫では厳禁の、開けっ放し推奨なので思いいっきり中を覗ける。
(*冷蔵文庫に電源は入っていない)

もちろん、作者の本藤はるかさんはこんなことは一言も言っていない。
「やさしい循環」というテーマをきちんと掲げている。

と、ここまで書いておきながら、
私は卒展に伺うことはできなかった。
が、吉祥寺ZINEフェスティバル(#キチジン)に参加されることを知り
お邪魔してきた。
そのとき、私を惹きつけたのが、冷蔵文庫さんが制作した
お散歩ZINE「会議室」である。
もう、表紙にやられた。世の中は摩訶不思議である。
ある世代の方々には、“トマソンを蒐集したもの”とでも言えば、
わかってもらいやすいかもしれない。
厳密に言うと少し違うかもしれないが。
その一頁に私の知っている場所が写っていた。
もうびっくり。
でも、本藤さんは、なぜそこに行ったのかは思い出せないようだった。

冷蔵文庫

とにもかくにも、冷蔵文庫をリアルに拝見し、ご本人と話し、
ZINEを手に入れた。

今度、私は知り合いの家に行ったなら、
そうっと冷蔵庫を開けて、
ラッピングした本を一冊置いてきてしまってはどうだろうと妄想している。
その本は、ぜひ、夏の縁側で読んでもらいたい。

本藤はるかさんの紹介記事
本の交換で優しいつながりを生む「冷蔵文庫」/制作者インタビュー


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