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『人材開発研究大全』(中原淳編著)を実務目線で読み解く。 (6)越境型管理職研修

2019年1月25日に梅田で行なったセッションの内容をお届けします。第五回の越境学習の後に名古屋大学で行われた経営行動科学学会の研究会の内容の要約をみなさんと共有しました。

半日をかけて行われた研究会の内容をたった一枚のスライドに要約するのは発表者のみなさんに申し訳ない気持ちでいっぱいですが、ご容赦いただければと切に願います。ここでの内容が、あとで触れる越境型管理職研修のケースに関するディスカッションを潤沢にしました。このスライドで説明した内容は以下のエントリーをご覧くださいませ。

越境型管理職研修をデザインするために、まず中原先生は第23章でMcCauleyらが1994年に明らかにしたマネジャーの経験学習の研究を基に述べています。

ここではマネジャーの発達を促す経験を「発達的挑戦」という概念としてまとめ、その下位概念として五つが提示されています。

一つめは組織を横にまたいだり縦の動きを含む「異動」です。第二に、VUCAな環境において変化を生み出すために困難な意思決定を行う「変化の創造」です。第三は異なる立場の視点を統合したりトレードオフの状況下で判断・決断を求められる「高度な責任」で、第四は自身の肩書きや役割責任を超えたところでも影響力を発揮する経験である「非権威的なところでの関係性構築」です。最後はタフアサインメントや困難な状況を好転させる経験としての「障害」です。

これらの要素を職務においてケアしたり、従来の管理職研修でケアすることも可能ではあるでしょう。しかしながら、越境(型)学習の特性を活かすことで複数の企業からの参加者が集まる研修が最近では行われ始めています。セッションでは第23章で扱われているケースを基に議論しました。

中原先生のブログでもたびたび登場するのでご存知な方も多いでしょう。異業種五社が一堂に会して風光明媚な美瑛町で行われる地域課題解決研修です。五社に加えて美瑛町の職員も参加することで多様性がより増している印象です。

まず全体のスケジュールを見てみましょう。

この全体スケジュールを見て、「キックオフイベントはたった三時間なのだから次のセッションの中に入れるべきだ。受講者の交通費・宿泊費や機会コストをどう考えているんだ。」と各社の事務局は上から言われたのではないかと邪推しました。コストを考えればその方が合理的であることは自明でしょう。

しかし、それでも敢えて分けて開催したのはなぜか、という点がセッションでは盛んな議論になりました。その結果を踏まえた仮説的な結論はこうです。

キックオフイベントは都内で行われますが、それ以降は全て美瑛町です。この立て付けの場合、初回から美瑛町での実施となると、美瑛町職員を除く五社の参加者にとっては日常とあまりに異なる非日常とのギャップが大きすぎます。反対に、初回を都内にして三日間のセッションを行うと、課題解決やフィールドワークが「お勉強」になってしまい、それ以降のグループでの進行が本気モードになるまでに時間が掛かりかねません。そこで、初回は都内で「日常」に近い環境で目的や意義を理解しつつ他の参加者との交流を図ることを目的に行い、そこから一週間後に非日常で課題解決およびフィールドワークへと移行したのではないでしょうか。

なお、キックオフイベントの内容は以下に示す通りです。

では、キックオフの後に美瑛町で最初に行われた三日間のセッション1を見てみましょう。まずスケジュールを示します。

まずこうしたセッションの時には、一日の最初にチェックインを行い、最後にチェックアウトを行うというパターンもあります。ではなぜその形式を取らなかったのか、が議論になりました。おそらくは、その代わりに最初と最後に行なっているリフレクションがより大事だからと考えたのではないでしょうか。

中原先生は金井先生との共著で『リフレクティブ・マネジャー』を著しているように、プロフェッショナルがリフレクションを行うことを重視されていると思われます。そこで、リフレクションを通じて受講者が学び直し、受講者が職場に帰ってリーダーとして自身がリフレクションができるように、しつこいくらいリフレクションを繰り返したのではないでしょうか。

余談を一つだけ。私が提示して共感を全く得なかったのは、「昼食づくりをチームビルディングに活用するのはわかるが私にはしんどい」ということです(笑)。人によって反応はいろいろでしょうが、料理に苦手意識を抱く私のような参加者でも楽しめるものなのかもしれませんね。

セッション2から4の三回は二日間の美瑛町でのフィールドワークを含めた研修が行われます。中原先生流の言葉を使えばスパイシーなフィードバックが得られるであろう中間プレゼンや、そこから最終プレゼンに向けたグループワークを中心にしながら、様々なリーダーとの対話セッションが行われます。研修のグラウンドデザインはリーダーシップ開発の王道を押さえたもののようです。

セッションで議論になったのは、経営者セッションの中身です。第23章の中では「経営判断の背後にある意図を語ってもらうセッション」とありますが、経営者に意図通りに語ってもらうことが非常に難解なのは、この手のセッションを企画・運営したことがある方ならお分かりでしょう。

おそらくは事前の準備の段階で内容のすり合わせを行うのでしょう。それに加えて、経営者による語りの時間を短くし、質疑応答やファシリテーションを中原先生が行うことで参加者との対話を促したのではないでしょうか。それでも、どのように対話の質を担保したのかは非常に気になるところです。

最終セッションです。「これはスゴイ」と参加者のみなさんとともに嘆息したのは、最終プレゼンを二日目に終え、リフレクションを最終日に丁寧に行なっていることです。ここでもリフレクションをいかに重視して全体のデザインを行なっているかがわかります。

その上で議論になったのは、三日目の午後の「リーダーシップに関する最終講義」が30分だけ行われていることです。この一見して中途半端に思える時間について最初はネガティヴに私たちは捉えていました。なぜ、この最後のタイミングで「レクチャー」なのかと。

しかし、それは早合点なのではないかというのが私たちの仮説的な結論です。その内容について第23章では一切触れられていないのであくまで仮説ですが、午前の二つのリフレクションを通じて自身の学びと職場での今後に向けたあり方を内省します。正午をまたぐセッションでそこに他者の視点を入れて修正します。

それまでのセッションを踏まえて中原先生がポイントを整理して「リーダーシップに関する最終講義」で提示することで、参加者にさらなるリフレクションを促したのではないでしょうか。それを受けて個人の自己宣言へと繋げたと考えれば理解できますし、素晴らしい研修デザインです。真相はわかりませんが、私を含めた参加者のみなさんにとって学びに繋がるディスカッションでした。

研修の効果をまとめたものがこちらのスライドです。一定の効果があったことはよくわかりますが、今後のさらなる検証が必要となるでしょう。意地悪く言えば、質問紙調査の結果として定性的評価として出てきているものは定量的評価とあまり違いがなく、もっと引き出すことができる余地がありそうです。

【あとがき】

このセッションでは書籍に書かれていない情報が多かったのですが、行間を勝手に埋めながらたのしく進めました。人事・人財開発のプロフェッショナルとの対話は刺激的で、私自身が大いに学ばせていただきました。

異業種型の越境学習は増えてきています。私の周りにもちらほらと案件が出てきていて、羨ましく眺めてます。機会をみて、何かチャレンジしてみたいと強く思いました。


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