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【論文レビュー】心理尺度の翻訳研究を学ぶ。:池田・城戸・鈴木(2022)

実務面でレジリエンスに興味・関心があり、研究面では海外の心理尺度の日本語版の作成について調べねばというニーズがありまして。どちらともちょっと後回しになっていたのですが、「あ、この論文を読めば一石二鳥なのか!!」と気づきました。『なるほど!心理学調査法』と併読することで翻訳研究について少し理解が深まったような気がします。

池田めぐみ, 城戸楓, & 鈴木智之. (2022). 日本語版 Employee Agility and Resiliency Scale (EARS-J) の信頼性・妥当性の検討. パーソナリティ研究, 31(1), 69-71.

方法論の前に目的を明確にする

心理尺度を翻訳する際、「〇〇の日本語版がないので翻訳します!」と言えばよいわけでは(当然ですが)ありません。したがって、どのような方法に則って行ったのかを述べる前に、目的を明確にする必要があります。本論文は、問題と目的に関する記述も明瞭にして簡潔で参考になる点が多々あります。私が学んだポイントとしては四つあります。

  1. なぜレジリエンスに着目するのかという社会的背景

  2. 日本におけるレジリエンス尺度のレビュー

  3. 問題意識に照らした際に適した尺度が現状では存在しないことを指摘

  4. ニーズに合致する尺度とその理由を明記

翻訳研究の留意点

ここから方法論に入っていきます。海外の心理尺度を日本で使えるようにするためには、要は日本語に訳せばいいだけでしょ、と思いがちですが(私だけ!?)、そんなことはありません。特に人の心理を扱う場合には、いわゆる文化差に留意する必要があるので、単純な訳出では不十分なことが多いのです。

心理尺度の翻訳では、心理学の概念を正しく理解したうえで、文化という要因も考慮しながら、文化を超えて存在するであろう概念の測定を可能にする項目作成が求められる。
『なるほど!心理学調査法』p.139

こうした留意点を踏まえて、心理尺度の翻訳で行われるのが逆翻訳法(back translation)です。

逆翻訳法とは、一度ある言語に翻訳したものを、またもとの言語に翻訳し直す作業を意味する。
『なるほど!心理学調査法』p.140

訳出に大きなズレがあったら、もとの言語に翻訳し直した際に原文とのズレが生じるはずです。こうしたズレがないかどうか、意図した内容に測定しているかどうか、を確認するために逆翻訳法はあると考えればよいでしょう。

逆翻訳法の進め方

では逆翻訳法の具体的な進め方について見ていきましょう。『なるほど!心理学調査法』のp.141に、英語から日本語に訳す場合を想定して四つのポイントが記載されています。そちらを要約したものが以下です。

  1. 翻訳能力を持つ二名で行う

  2. 一人目が第一言語(英語)から第二言語(日本語)に翻訳する

  3. 二人目が翻訳済みの第二言語から再び第一言語に翻訳し戻す

  4. 主任研究者が、戻ってきた翻訳と元の項目を同じ言語(英語)で見比べて異同を検討し、最終的な翻訳を決める

本論文では忠実にこの四つの点を踏襲されています。特に4については、現著者に内容を確認して合意を得られるまで修正し直して最終版を作成されています。原著者まで確認を取ることは『なるほど!心理学調査法』でも望ましい条件として書かれているので、本論文はその模範例と言えるでしょう。

実際の翻訳

最後に日本語版と原語版とを見比べてみます。

池田・城戸・鈴木(2022)p.70
Braun et al. (2017) p.712

自分自身で原語版を見てぱっと訳してみると、日本語版のそれとは内容が異なるのではないでしょうか。逆翻訳法を適切に行うことで、優れた日本語版の尺度ができあがることがお分かりいただけると思います。あー、私もやらないとなぁと意欲を上げていただける論文でした。


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