小説 男岩鬼になりたくて14

奴隷以下の1年生だからって、まったく平穏な時間がないわけでもない。24時間緊張状態のままいては身も心も持たない。一番の平和は、授業中。大抵の者はそこで睡眠時間を確保する。だから野球バカと呼ばれてしまう。

 2年生にはシバかれ続け、矛盾や理不尽なことに耐えながら生活する辛さが続けば、さすがに頭が狂って来る。だから時にはヤラれたらヤリ返す。もちろん、先輩をシバくことなどできないので、俺たちなりの洗礼をする。

 よくやるのは、ユニフォームを洗うときに洗剤を入れずに洗濯機を回す。赤土がこびり付いて汚れが沈着しているからバレることはない。あと、グラブを磨いとけと言われると、そのグラブを水洗いしてボイラー室で乾かす。ささやかな抵抗かもしれないが、そのくらいでもやっておかないと、本当に気が狂って何をしでかすか分からない。

 それと、教室以外でほんのささやかな休息もある。毎週というわけではないが、週一で2年生たちが大挙して出掛ける日がある。那覇に出て買い物とかじゃない。買い物はすべて俺たちの役割。そうではなく、ちょっと一杯ひっかけてくるのだ。言うなれば、呑みに行く。ここは沖縄だ。未成年を入れてくれる店なんてごまんとある。どうみても、ニキビヅラの丸坊主のイカつい身体を見れば、高校の野球部か柔道部と分かるものだが、そこはウチュナーンチュのよしみで見て見ぬふりをする。

「よし、今から“軽く”行って来るから、タクシー呼べ!」

 この“軽く”が合図だ。サラリーマンじゃあるまいし、なにが“軽く”だ。バカじゃねえのか。いやバカだった。だったら軽く死んでこいだ。かっこいいと思っているのか。本当に酒の味が分かっていればいいが、ただのかっこつけだろ。悪ぶっていることへの共感と憧憬。俺にはまったく分からないし、分かりたくない。

 点呼が夜の10時に終わると、舎監の先生も週に3回は呑みにいってしまう。そのときを狙って、2年生も行く。指導者も選手も喜んで呑みに行く。これも高校野球ってか。いつか舎監と2年生が鉢合わせになればいいと強く願っていた。

 一旦、呑みに行ってしまえば2時間は帰ってこない。この時間は束の間の休息だ。先輩の目を気にしなくて過ごせられるハッピーアワーだ。

 俺は、この自由時間を利用して散歩するのが日課となっている。

 学校のグラウンドの裏側にはちょっとした住宅街になっており、そこを抜けると2車線のバイパスとなり、それを越えて6、7分歩くと、漁港が見える。日本最南端かつ最西端の糸満漁港だ。県内の漁船のみでなく県外の漁船も受け入れているという大きな漁港。沖縄の海に面した漁港だけあって、海の色は目がさめるようなエメラルドグリーンだ。夜だから真っ暗だが、月明かりに照らされ、キラキラ揺蕩う湾岸を見ながらホッと一息つく。

 倉庫が立ち並び、ほんのりと魚の匂いがする。でも、内地の海と違って磯の匂いはしない。

 小さい頃、家族で内地の海に旅行に行き、親父に聞いたことがある。

「この匂いって何?」

「これは磯の匂いだよ」

「なんで沖縄の海は何も匂わないの?」

「どうやら磯に打ち上げられる海藻等が分解するときに臭みを放つらしく、磯臭さが強いほど養分が多く海藻が繁茂して魚介類が豊富な海の証拠なんだ。沖縄は、河川からの栄養の供給が少なく、海岸にうち上がる有機物も少ないため磯の匂いがしないさね」

 親父は国語の教論ということでお構いなしに難しい単語を並べながら説明してくれた。

 夏の夜の海へ行くと、ほんのり風が肌に触れ、気持ちいい。夜明け前に賑わい始める倉庫はすべてシャッターが閉まっており、倉庫と倉庫の間のコンクリートの地べたに寝転びながら一時の休息を味わう。昼間の太陽が降り注いだ灼熱地獄のコンクリートが日没ともに一気に冷め、ひんやりとしたザラついたコンクリートを背中にして、寝る。昼にできないことを夜にやるから気持ちがいい。大の字になって空を見ると、満天の星空だ。

「綺麗な星だな……」

 穏やかな気持ちで見る星は格別なものがある。

 自分だけの時間を独り占めにしていると、何やら物音がする。漁港だけあって、地元のヤンキーたちがたむろしに来たのかと、身体を起こして声のするほうに近づいてみると、倉庫の端から坊主頭が2人見える。誰だ!? 倉庫のシャッター前で腰掛けている。俺は見つからないように息を潜めた。

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