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とある雨の日、私は、ショッピングモールのはじっこで…ベンチにすわって、お寿司を食べた

 ……今日は、朝から雨が、降っている。

 久しぶりの、まとまった雨。
 傘をさして、近所のショッピングモールに、出かけた。
 舗装された歩道を歩いて、水たまりをそっと踏みながら。

 道路に、人は……ほとんどいない。
 雨が降っているのに、傘をさして出かける人はいないらしい。

 ショッピングモールの敷地内に入ると、人影が見えた。

 ショッピングモールの入り口近く、雨の降りこまない場所に人がいる。
 今日は祝日だから……、人がたくさんいるのだろう。

 若い人、おばあちゃん、家族連れ、子どもに学生にお父さん、お母さん、赤ちゃん。
 笑っている人も、無表情の人も、しゃべっている人も、黙っている人もいる。

 ……この場所には、たくさんの人がいる。
 人は、たくさん……いるのだ。

「ねーおかあさん、おなかすいたー!」

 どこかの子どもの声を聞いて、自分もおなかが減っているような気がした。

 ショッピングモール内のスーパーに行って、中巻のセットを買った。
 ……私は、お寿司が、好きだから。

 どこで食べようか……、家に帰って食べたくない。

 どこかで座れる場所はないだろうか。
 フードコートの席は、もうすでに埋まっている。

 食べる場所を探していたら、ショッピングモールの外に出てしまった。

 ……自動販売機の横に、ベンチがある。
 冷たい雨が降っているから、誰も座っていない。
 建物の中と違って、冬の季節に相応しい寒さを感じる場所だからだろう。

 ……確かに、寒い。
 ……だが、凍えるほどでは、ない。

 誰もいないベンチに腰かけて中巻のパックを開けた。
 ふわりと香る、酢飯の爽やかなにおい。

 箸はもらわなかったので、手づかみで食べる。
 ワイルドに見えるかな、行儀が悪いよね。

 女の子なのに、みっともない…わかっているけど仕方がない。
 お腹が減って手が震えているから、早く食べたい。

 自動販売機の真横で、雨を眺めながら、お寿司を食べる。
 一人で、ベンチに座って、祝日のショッピングモールの片隅で。

 中巻の中身は、かんぴょう、ネギトロ、サーモン、アナゴ、カニカマ、たまご。
 左端から、ゆっくりつまんで、食べていく。
 ……嫌いなアナゴですら、おなかが減ってるから……美味しい。

 モグモグと咀嚼をしながら、楽しそうな家族や、不機嫌なカップル、ゆっくり歩く老人を見送る。

 色んな人がたくさん目の前を通り過ぎて行くけれど、私に係わろうとする人は一人もいない。
 ……一人ぼっちで、冷たい寿司をつまんでいる私を気に留める人は、一人もいないのだ。
 あれをしろ、これをやれ、あれはダメだ、これが普通だ……うるさい人は、一人もいないのだ。

 最後のたまごを食べている時、たばこのにおいがした。

 ……ココには喫煙スペースはないから、マナーを守らない強気な人が近くにいるようだ。
 きっと、自動販売機の向こう側で、立ったままタバコを吸っているのだろう。

 おばさん、おじさん、おじいさんにスーツの人、きれいなお姉さんに、制服の女子、お兄さん、お姉さん。
 笑っている人も、無表情の人も、しゃべっている人も、黙っている人もいる。

 ……たくさんの人が、この場所を通り過ぎていく。

 人は、たくさん……いる。
 けれど、だれもが皆……他人には、無関心だ。

 私も……無関心だ。

 食べ終わった中巻のパックを片手に、ベンチを立ち上がろうとした、その時。

「ねえ!お姉さんぼっち?俺と上のゲーセン行って遊ばな…」

 タバコを吸いながら、声をかけてきた……男の子。
 この人は、他人に無関心では……ないらしい。

 人の目を気にせず、常識を気にせず、道徳を気にしないくせに……私を、気にした。
 ……この、私を。

 嬉しい気持ちが、溢れ出した。

 ……現金なものだ、つい今の今まで、マナー違反に嫌悪感を抱いていたはずなのに。

「一緒に、遊んで…くれるの……?」

 にっこり笑って……、立ち上がり。
 目の前の男の子の、つむじを……見下ろした。

「…ぅうわ?!で、でかっ?!つ、つか!!声ひくっ!!お、男?!」

「お ね え た ん だ お ♡」

 でかいだなんて…失礼しちゃう。

 今日はかかとのない長靴履いてるから、185センチしかないのに。
 いつもだったら、195センチはあるんだゾ☆

「ご、ごめんなさい、じゃ、僕はこれで
「も~、タバコ吸ってると、私みたいにおっきくなれないゾ♡公共の場では、喫煙はダメ、ダメ♡お仕置き、しちゃうんだからね?!」」

 ポンポン…ボン、ザリザリ…にぎゅり…にぎゅり……。

「あ、アアア!!!頭、頭あああああ!!!ごめ、ごごごごめ!!!」

 ……あらいけない。

 ついつい、バスケットボールを掴む要領で、プリンになってる茶髪頭を。
 60キロ越えの握力で…締め上げてしまったみたい……。

 ショッピングモールの、片隅で。

 小さな……悲鳴のような、ものが。

 若い人、おばあちゃん、家族連れ、子どもに学生にお父さん、お母さん、赤ちゃん、おばさん、おじさん、おじいさんにスーツの人、きれいなお姉さんに、制服の女子、お兄さん、お姉さん……笑っている人も、無表情の人も、しゃべっている人も、黙っている人もいるけれど。

 ……たくさんの人が、我関せずで、この場所を通り過ぎていく。

 人は、たくさん……いるけれど、だれもが皆……他人には、無関心ね。
 小雨が降るなか、水たまりを気にしないで飛び出していったやんちゃ坊主がいるけれど……誰一人声をかけない。

 ……風邪、ひかないといいね。

 私は、ちょっぴりセンチな気持ちで、逃亡者を見送った。

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