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不変


「やあやあ、君全く変わらないなあ!!」
「お前こそ!!なんだ、頭はずいぶん…いやなんでもない。」
「おいおい!!久々の再会での気遣い!!」

「はは、ははは・・・。」

俺は今、同窓会に来ている。
参加人数はおよそ300人。俺の通っていた小学校はさ、マンモス校だったんだ。十組まであってさ、同級生全員と顔見知りになれないうちに卒業するという、今のご時世では信じられないような集団が存在していたんだな。

「六年八組のテーブルは…二十人か、わりと少ないな。」

大きな丸テーブルが会場に十卓設置してあり、真ん中には6-1,6-2などクラス名の札が置いてある。このテーブルの周りにクラスメイト達が集まって、おのおの昔を懐かしく語り合っているのだ。
テーブルの上には当時の写真や卒業アルバムなんかが置いてあり、壁際には休憩用のいすや軽食、飲み物なんかが並んでいる。参加費1500円にしては、かなり手の込んだ演出とサービスだ、企画した節沢と峯田さんの底力を知る。あの二人はかなりやりての生徒会役員だったからなあ…。

会場の前方には、お年を召した先生方が着席していらっしゃる。
恐怖の対象でしかなかった体育会系の先生も、やけに小さくまとまってしまって、年月を感じる。美貌の先生も落ち着いたおばあちゃんになっている。…中には、写真での参加となってしまった先生もいて…涙を、誘う。

「校長先生は来れなかったらしいよ、もう98だもんなあ…。」
「いや、来させたらまずいでしょ、同窓会がお別れ会になっちまう。」

小学校を卒業してかれこれ35年。
ずいぶん年を重ねたけど、案外…変わらずに同級生たちとコミュニケーションが取れる事実にびっくりする。やはり子供時代に毎日一緒に過ごした時間というのは…身に沁みついているのだな。

「よう!!相変わらずしょぼくれてんな!!」

やけにでかい声が後ろから聞こえてきた。
…学年一の乱暴者、小島だ。やることなすこと大げさで、ガサツで、自己中心的で…みんなが、顔をしかめていたような、人物。

「はは、小島君は相変わらずだね。元気?元気そうだね、今何やってんの。」
「お父さんの会社継いだんでしょ、大変そうだねえ…。」
「いいなあ、元気溌剌で。俺なんか胃やられちゃってさ、うらやましいよ。」

大人になって社交辞令を身につけている俺たちは、当たり障りのない会話を始める。
昔はさ、言い負かされてばかりだったし、自分のことを話したくてたまらない小島に対して何一つ自分の意見を言えずに悔しい思いをしてたんだけどさ。今は…相手を立てることで、無難に会話を終えるテクニックを、持っているからな。
俺たちは…小島との楽しい時間を、求めてはいない。

「ふん!!ツマンネ―奴らばっかだな!!そんなんだからでっかくなれねーんだよ!!!ま、俺もオヤジの会社縮小させちまったけどな!!!まあ、よかったら帰りに酒いっぱい買ってってくれよな!じゃ!!!」

ガガッ!!

小学校の頃と全く変わらないガサツっぷりをまき散らし、テーブルに派手に腰をぶつけながら小島は去って行った。テーブルから、写真が散らばって何枚か床に落ちる。…それを、拾おうともせず、ただぼんやり見つめている、俺たち。

「ああ、落ちちゃったじゃないか…」

やけに小奇麗なスーツを着た、小柄な男性が…一枚一枚、写真を拾って、テーブルの上にのせた。

「小島君は相変わらずだね。」
「…大島君か!!!」

ガサツで鼻つまみ者の小島が、いつもいじり倒していた…大島君。
彼は学年一小柄で、いつもおどおど、ビクビクしていて、それが小島にとって相当ストレスだったらしく、いつもいつもちょっかいをかけていたのだった。
給食を食べるのが遅いと言っては、横でぎゃあぎゃあと文句を垂れ。持久走で大島君が一周遅れになってるのを見ては、これ見よがしに余裕を見せつけて隣で走ってみたり。運動会ではいやがる大島君を応援団長に無理やり就任させて、できの悪さをなじる声を応援の言葉よりも多く響かせ。
気の弱い大島君は、ただただ小島に引きずり回されて、振り回されて、いつだって困ったような表情を顔に浮かべていたんだった。

俺たちはいつも…小島の餌食になってる大島君を気の毒に思っていたんだった。

「あいつは大人になっても変わんないみたいだよ。」
「成長ってもんを知らなかったらしい。」
「体はさらに大きく育ったけどなあ!」

「はは、ははは・・・。」

軽く談笑する俺たちを見て、大島君も一緒に笑っている。

「大島君は今何やってんの?まさか小島の手下まだ続けてるわけじゃないよね。」
「まさか。普通に…働いてるよ。」
「またガサツな奴に捕まってそうだなあ、ちょっとは強気になれたのか?」
「いっつも君何も言えずに我慢してたもんなあ…。」

にこやかに談笑を楽しむ僕たちの目に。

「いや…はは、僕は別に我慢してたわけじゃなくて。」

顎に手をやりつつ、穏やかに笑う、大島君の、時計が、目に入った。

・・・あの時計は!!!!!

ロレックスの…限定、モデル?!ちょっと待て、700万くらいする奴だぞ?!

俺の隣の、柴田が…おもむろに、名刺を、取り出した。

「大島君、僕さ、今ここで働いてるんだ。一応名刺、渡しとくね。」
「…そうだな、名刺まだ渡してなかったな。これ、俺のね。」

いきなり、名刺交換会がスタートしてしまった。

…俺は名刺なんか持ってきてないぞ。
しまった、この波に、乗り遅れた…いや、せっかくの人脈作りのチャンスが、消えた。

「!!!!!!え、大島君、あの企業の代表やってるの?!」
「やあ、ぜひ今後ともお付き合いをお願いしたいね。」
「今度株についてお話したいんだけど、いいかな。」
「あ、私も名刺お願いします。」
「今度さ、こんな大規模じゃなくてこじんまりと飲み会やらない?」
「うちの課で今度企画してる奴がさ…。」

あっという間に、6-8のテーブルに人だかりができた。
大島君のポケットには、溢れんばかりの…名刺が。

「ここには、変わらない人たちがたくさん、いると、思っていたんだけどね…。」

大島君は、すっからかんになったらしい名刺入れをスーツの内ポケットに入れつつ、ぼそりとつぶやいた。

「なんだこの人は!!こんなにいるなら、一人一本づつうちの店の酒買えや!!!」

別のテーブルをうろついていた小島が戻ってきてしまった。

「お!!大島じゃん!!なんだ、相変わらずちっせーな!!うちの店の酒飲んだらでっかくなるぞー!!買ってけ買ってけ!!!買い占めても構わん!むしろそうしろ!!がはは!!!」
「ホントかな、君のいう事はかなり…いいかげんだからなあ。」

無理やり肩を組まれた大島君は、やけにいい笑顔をしている。

「うっせ!!!オメーは俺のいう事きーてたらいいんだよ!!ほれ!!あっち行って先生に土下座するぞ!!!」

小島が、無理やり大島君の体を方向転換させようとした、その時。

ガガッ!!

大島君が、テーブルに!!!と、時計、時計をぶつけっ…!!!

「ちょ!!!と、時計、時計が壊れる!!!」
「小島!!何やってんだよ!!!」
「お前弁償できんのかよ?!」

さっきまで完全にビジネスマンの顔をしていた同級生たちが…一斉に喚きだした。

「ああん?!傷ついてこまんならこんなとこにしてくんなや!!!」
「…大丈夫大丈夫、そうそう、時計は使うためにあるんだよね、うん、うん、その通り。」

やけに晴れ晴れとした顔をした大島君は、小島に引きずられて…会場前方へと、消えた。

同窓会は無事終了し、これから仲の良い奴らで集まって、二次会をやるらしい。俺も誘われたんだけど、二次会には参加できない。
飲食チェーンの店長をやってる俺はだな、日曜に休みなんか取れないんだよ。

「悪いな!今から仕事あるんだ、山階来たら寄ってくれよ!」
「ちょっと遠いなー、無理、自力で頑張れ!」
「社畜乙―!」

騒がしい同級生たちと別れてトイレに向かうと、鏡の前で時計を調整している大島君がいた。…やはり、あの時時計は壊れていたのだ、多分。

「あれ、大島君は二次会行かないの?」
「ああ、僕はこの後、小島君の店に行って…大きくなる酒を、譲ってもらわないといけないからね。」

大島君は、あの戯言を、律義に守ろうというのか。あんなのは、子供の頃の上下関係を笠に着た、情けない強要に過ぎないというのに。
…そういえば、会場前方で、小島に頭を押さえつけられて一緒に土下座もしていた。子どもの頃の関係性を、大人になった今でも…地位と名誉と財産を得た人を目の前にしても押し付ける、小島。厚顔無恥?恥知らず?図々しい?いけしゃあしゃあ?…大人として、ありえないだろう。

「…弁償とか、いいのか?」
「ずいぶん使い込んでたから、いいんだ。」

時間のずれている時計を腕にはめ、鏡に向かって髪を整える、大島君。鏡を通して、目が合うが、怒っているようには、困っているようには…見えない。

「それ、貴重な時計なんだろ?」

時計マニアの藤島が、ああだこうだと蘊蓄を垂れていた。もう今は販売していない、アンティークの限定モデルで…桁が違うと言っていた。

「・・・貴重なのはね、小島君だよ。…本当に、貴重だ。だから、いいんだよ。」

やけに晴れやかな顔をしている大島君は、鏡ごしに、にっこりと笑った。

「じゃ、またね!」

大島君が、小島の店の酒を買い占めたかどうかは、わからないものの。

俺は、後日。

小島酒店が、奇麗な店構えになり。

リニューアルオープンしたと、風のうわさで、聞いた。

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