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モテモテじいさん

 85歳になる父親が、モテている。

 デイサービスのスタッフさん、ケアマネさん、地域包括センターの人…会う人会う人、父親にベタ惚れだ。

「お父さん、何でもすぐにお礼を言って下さるんですよ!」
「勝さん、いつもニコニコしていて…ホント癒し系なんです」
「勝さんは博識ですねえ、私数学で笑う日が来るとは思いませんでした」
「お父さんはのんびりしてるから本当にありがたくて…短気な人が多いから余計に、ねえ」
「いつもにっこり笑われてるから、お写真をHPにのせたいんですけど、良いですか?」

「はは、いつもお世話になります、ありがとうございます!」

 デイにお迎えに行くたびに、いろんな人から声をかけられている。
 本人が、ほんの少し照れくさそうにしているのがまた…可愛らしい。

 ……私の父親は、いわゆる仕事人間だった。子供の頃は、ほとんど話をした事がない。

 父親と話すようになったのは、本当にここ数年のことで…はっきり言って戸惑いのようなものが、大きい。

 苛烈な母親は、毎日のように父親に向けて暴言を吐いてはストレスを発散している。 
 しかし、もともと口数の少ない父親は、ただただ…言葉を受け止めている。

「俺は何にも、できんでなあ……。」

 罵詈雑言を浴びてなお、自分の至らない部分を認め…反論しない、父親。
 あまりにもひどいので、第三者に介入して頂こうと思いケアマネさんに相談したところ、面談が行われることになった。

 ケアマネさん、地域包括センターの人、デイのスタッフさん、父親、母親、私…広くない部屋の中に集まって、話をしたのだが。

 父親が嫌いで仕方がない母親は…ここぞとばかりに憎しみの感情を、第三者にぶつけた。

 それを聞いていた父親は、申し訳なさそうな顔をしていた。

 とても父親の意見を聞ける状況ではないので、次の日にデイのミーティングルームで面談する事になり、ケアマネさん、地域包括センターの人、デイのスタッフさんたち…いろんな人に囲まれながら、父親が口を開いて、ぽつりぽつりと、言ったのは。

「家内は足が悪いで…体が動かなくなってきていることに不安を覚えて、こんな風になってるんだと思うよ。」
「俺はええで、家内の方をもっと手伝ってやってもらえんかね。」

 父親は…こんなにひどい事を言われてもなお、鬼婆に向けて思いやりの言葉を…口にしたのだ。

 デイの人と、地域包括センターの人、ケアマネさん…みんな、心を、打たれてしまった。涙を拭ってる人は、一人二人ではなかった。

「俺は仕事ばかりして家のことはすべて家内に任せてきたもんでね、何もできないんだよ。」
「ずっと専業主婦を続けておったから…不満もあったのかもしれんなあ……。」

 最近老いたことで怒りが抑えきれなくなってきた、母親。
 母親は他人を嫌うので、デイやショートステイには一切行かない。
 父親を守るためには、父親を外に連れ出すしか、ない。

 デイのスタッフさんは、この一連の流れを色んな人に伝えたらしい。

 少々の加筆修正効果も相まって……同情して下さった皆さんが、ずいぶん父親に優しくしてくれているようだ。

「勝さん、少し寒いからあっちに行こうね、はい、立てる?」
「ありがとう」

「これねえ、今年初のイチゴなんだって、小さくて酸っぱいかもだけど…」
「ううん、おいしいよ、ここで採れたのかい?すごいねえ」

「ごめんなさい、勝さんのいつもの席、別の人が座りたいって言ってて…」
「いいよ、ここで。たまには景色が違うの、いいね」

「すみません、間違えて切っちゃいました…どうしよう…」
「失敗したら、次は成功するんじゃない?」

 父親は…家にいる時の環境がひどすぎるからか、デイにいる間、それはそれは…穏やかに、にこやかに、気軽に感謝の気持ちを伝え…笑っているらしい。
 地獄のような鬼婆がいる家に暮らしているので…ごく普通の人たちと触れ合うのが心地いいのだろう。
 何を言っても罵詈雑言しか口にしない鬼婆が身近なので…荒ぶる通所者を見ても心を乱すことなく落ち着いていられるのだろう。

「勝さんは本当に優しくて…、いつもありがとうって言ってくれるから、つい構いたくなるんです…」
「僕、こういうおじいちゃんが欲しかったです!」
「勝さんに囲碁を習いましたよ、強いんですねえ!」
「今日は勝さんが…あの、ありがとうございます!」

 スタッフさんたちが、父親の穏やかな発言に癒されているのだという。
 我儘で怒りやすい利用者に傷ついたスタッフさんたちが、父親の所に来て元気をもらっているのだという。

「今日さあ、初めてまとりっつぉってもんを食べたわ、あれはウマいなあ!」
「今日は羊の横で日向ぼっこをしたんだよ、ちょっとにおうかなあ?」
「今日は囲碁を子供に教えたよ、強い子がおってさあ…」

 私もまた、穏やかな父親に…癒されているのだ。

 ……私は無口だったころの父親の記憶しか、ないので。
 昔、父親がモテていたかどうかは、わからない。

 けれど、今…確実に、父親は、モテている。

 みんなを笑顔にするような、モテモテの…おじいちゃん。
 85歳にして、モテ期がやってきた、父親。

 たくさんの人たちをメロメロにしていることに気づかず…今日も父親は、クソババアの住む家から離れ、たくさんの人に、癒しを届けに行っている。


身内が褒められると嬉しくなりますね。

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