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言っとけばよかった

 ……俺には、好きな女が、いた。

 高校の、一度も同じクラスになったことがない、女子。
 ポニーテールが揺れる、わりと大柄の、声の低い女子。

 文系クラスにいるくせに数学が得意な、ちょっとおかしなやつだった。

 こいつは、俺の親友の事が好きだった。

 声がたまらなく好きなんだと言った。
 背が低い人が好きなんだと赤い顔をした。
 親友がポニーテールが好きだと言っていたから髪を伸ばしたんだと笑った。

 硬派を気取っていた俺は、いつもアイツの無邪気を上から見下ろしていた。

 好きな食べ物を教えてやって、誕生日を教えてやって。
 からかって、可愛らしさを引き出してやって。

 俺ががんばってやらないと、そんな使命感があった。

 親友と出会ったのは、運動会の準備室なのだそうだ。

 閉じ込められて困っていた時に、さっそうと現れた運命の人なんだと熱く語っていた。
 特進のくせに、休み時間になるたびに普通クラスの俺たちの教室に現れて、文系では習わないという問題の解き方を聞きにきた。

 毎日授業が終わった後、律儀に俺たちの教室に顔を出した。
 たまに焦げたクッキーを持ってきた。
 土曜日に、弁当を持ってきた。
 たまにデカいおにぎりを持ってきた。
 たまにゲンコツみたいな唐揚げを持ってきた。

 親友は他人の作ったものは食いたくないと言って手を付けなかったので、俺がいつも食ってやった。

 親友は、自分よりでかい女は嫌いだと言っていた。

 これ見よがしのアピールがウザいと、俺に愚痴を言った。
 いらないと言っているのに食い物を持ってくるのがウザいと、俺に悪態をついた。

 高校二年なんだから背は伸びるかもしれないだろうと言ったが、聞く耳を持たなかった。

 親友はでかい女の友達の小柄な女子の方が好きだったのだ。

 小柄な女子は長い髪をポニーテールにしていた。
 小柄な女子は体重を気にして余計なものを一切口にしなかった。

 ……親友は、小柄な女子に告白されたかったのだ。
 だから、全力でアピールしてくるでかい女子を切ることができなかった。
 でかい女子はたまに、小柄な女子を連れてくる事があったからだ。

 小柄な女子は背の高い人がいいと言って、親友を避けていた。
 だが、親友はいつか小柄な女子が自分の魅力に気が付くはずだと思い込んでいた。

 高校三年のクリスマス前、小柄な女子は、俺の親友の好意には一切気が付かずに彼氏を作った。
 小柄な女子は彼氏と仲良くするのに忙しくなり、俺たちのクラスに顔を出すことはなくなった。

 でかい女はずっと親友に好きだと言い続けたが、結局気持ちは受け入れてもらえなかった。

 俺はでかい女をずっと応援し続け、自分の気持ちを伝える事ができなかった。

 俺は、好きな男の事を思って表情をくるくると変えるアイツが…好きだったのだ。

 惚れた女には、惚れ込んだ男とくっついてほしかったから、俺は身を引くべきだと思ったのだ。
 卒業にかこつけて告白など、ダサいとしか思えなかったのだ。

 高校二年の春から、高校三年の終わりまで、一途に親友を思い続けたアイツ。

 俺が好きだと言っていたなら、どうなっていただろうか。
 俺が高校二年の時、親友にボールを取ってきてもらわずに自分で体育準備室に出向いていたら、どうなっていただろうか。
 俺が親友の裏の顔を教えていたら、どうなっていただろうか。

 何も言わずに県外の大学に進学した俺は、いつまでたっても…アイツを忘れる事ができなかった。

 二十歳になる年、俺は成人式に出向いた。

 もしかしたら、あいつに会えるかもしれない、そんな軽い気持ちで出席する事にしたのだ。

 華やかな同級生たちがあふれる成人式会場の入り口で、俺はタバコを吸いながら…アイツの姿を探した。

 アイツの親友だった、小柄な女子が胸に赤ん坊を抱いて会場にやって来て驚いた。
 俺の親友だったやつが引きこもりになっていると聞いて、驚いた。
 お世話になった先生が事件を起こして逮捕されていて、驚いた。

 俺の親友だったやつとは、連絡がつかなくなっていた。

 ……俺は、逃げたのだ。

 親友とアイツがくっつくのを見たくなかった。
 親友がアイツの熱意に負けたよと報告するのを聞きたくなかった。

 県外の大学に進学したのを機に、電話番号を変え、SNSのアカウントを消し、人間関係をすべてリセットした。

 ……すべてを白紙にしたくせに、俺は、成人式の会場に向かったのだ。

 あの頃の気持ちをなぞるために。
 あの頃のモヤモヤを晴らすために。
 あの頃の自分の行動を正当化するために。
 あの頃の自分は何をやっていたんだと呆れるために。

 何がしたいのかはわからないが、漠然と…成人式の会場に向かったのだ。

 会場内で式典が始まった頃、アイツの姿を見つけた。

 偶然を装い、声をかけた。

 他愛もない話を、ひとつ、ふたつ。
 アイツは、俺の親友だったやつの事を聞かなかった。

 …もう、付き合っている人がいるんだろうか。
 …もう、親友だったアイツの事は好きじゃないのだろうか。

「あいつ、お前のこと…好きだったんたぜ?」

 精一杯の、アイツが喜びそうな言葉を伝えた。
 少しでも、気持ちが届いていた時間があったのだと思ってもらうために。

「ふうん?あたしは…あんたの方が好きだったんだなって、あのあと気がついたけどね」

 そんな言葉を、返された。

「今更おせーよ!ばーか!」

「ははは、だよね〜!」

 なんで俺は、俺も好きだったんだよと言わなかったんだ。
 なんで俺は、俺はお前なんかお断りだけどなと言ったんだ。

 ……俺は、あの時、何を言えばよかったんだろう。

 ニコニコしながら、会場を去った、アイツ。

 見送った背中を、今でも覚えている。

 アイツは今ごろ、何をしているんだろう。

 もっとみっともなく、本音を伝えれば良かった。
 もっと情けなく、好きになってくれと頼めば良かった。
 もっと貪欲に、縁を繋ぐことに必死になれば良かった。

 独り身が長すぎて、大昔の思い出ばかりが頭に浮かぶ。

 どれほど女性を紹介されても、アイツの姿が忘れられない。
 どれだけ女性と縁ができても、アイツの姿を思い出す。

 ……もう、俺はきっと、この先恋愛ができないに違いない。

 俺は一人寂しく、生きていくだけさ……。

「鈴木さん、本当に退会していいんですか?」

「…ええ、僕には誰かと寄り添うなんて崇高な事はできないって気がついたんです」

「こちらのお嬢さんは、お会いしても良いって仰ってて…」

「もう、一人で生きていくと決めたので。今までありがとうございました」

 俺はいつか、今日の決定を悔やむ日が来るのだろうか?

 みっともなく、成婚まで面倒を見てくださいと頼んだほうがいいのかもしれない……。

 そんなことを思いながら、俺は長年世話になった結婚相談所を、あとにした。

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