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急所

ぶーん、ぶーん。

……机の一部を押すと、おかしな振動が聞こえてくる。
この音は何だ、何なんだ。

ぶーん、ぶーん。

……どっかのモーター音が伝わってんのかな。
兄ちゃんからもらったパソコンデスクだからなあ、変なふうに配線されてるのかも知れないな。

俺は今、明日のテストに備えて絶賛勉強中なのだが。
なんていうか…、この変な音を、利用させてもらっていたりする。

問題を十問解くたびに、一息入れる感覚で、机の一部を押しているのだ。

まあ、あれだ、きっちり解いて、今から答え合わせするぞって時に、ブーンという音を聞くと全問正解の自信が湧くというかだな。勉強の区切りとして、このおかしな振動と音を利用しているというわけだ。

「よし…数学IIIは完璧だな。満点は硬い。」

俺は数学が得意というか、好きなのさ。数式を解いているだけで幸せな気分になれる、まあいわゆる数学オタク。進路先も数学科を希望してるんだ。

「次は物理Bだな。あと少し…がんばるか。」

時刻はただいま23:00、日付が変わるまでは勉強しておこう。

・・・。

・・・。

ぶーん、ぶーん。

ぶーん、ぶーん。

……何だろう、さくっと…問題が解けてこない。

ぶーん、ぶーん。

ぶーん、ぶーん。

……俺はさあ、計算とか公式とか数字が並ぶやつが好みであって。

ぶーん、ぶーん。

ぶーん、ぶーん。

……少々論理的要素の多い物理ってのは、微妙に避けているというかなんと言うか。

ぶーん、ぶーん。

ぶーん。ぶーん。

……あれだ、余計なことまで考えちゃうのがまずいんだ。

ぶーん。ぶーん。

答えを性急に求めるが故の手抜きというかさ。

ぶーん。ぶーん。

ああ、これ多分しっくり来ないから間違ってるな。

ぶーん。ぶーん。

ああくそ、腹立つな。

ぶーん。ぶーん。

…俺はいつの間にか、苛立ちをブーンという音に、振動にぶつけていた。

ぶーん。ぶーん。

クソ、どこにミスがある?
これだから物理はめんどくさいんだよ。

ぶーん、ブーン。

げ!!見慣れた問題に騙されてるじゃん!

ブーン、ブーン。

角θを定めてある場所が違ってんだ!

ブーン、ブーン!

sinとcosを取り違えてんじゃん!!

ブーン!ブーン!!

よっしゃ!!正解いぃいい!!!!

俺は、ようやく正解を導き出せた喜びをだな、おかしな音を鳴らして確認しようとしてだな!!

何の気なしに、手を伸ばし!!!


「君、ちょっといい加減にしてくれないか!」

!!!!!!!!!!!!!!!!


つ、机から、こ、声がああアアアアアアアア!!!!

「ひゃアアアアあ!!!こ、こえっ!!ハア?!化け物!!」
「君、落ち着きなさい。今は深夜だ。」

「ちょっとー・・・なんかあったの?」
「な、なんでもないっ!!!」

寝ぼけ眼の母さんが俺の部屋のドアを開けたので、返事をする。

・・・事を荒立てては駄目だ!!
明日の弁当が・・・やばい!!!

破天荒な母さんはだな、機嫌を損ねると虐待弁当を作りやがるんだよ!!何、虐待弁当を知らない?あれはだな!!年頃の男子にとっては一種のトラウマもんでだな!!

「そお?あんまり無理しちゃ駄目だよ、お休み・・・。」
「お、おやすみ。」

ばたんと俺の部屋のドアが閉じる。


「君ね、私の急所をつくのはやめてくれないか。」
「きゅ、きゅうしょ?!」

おい!!
この机は何なんだ!!

「君のいつも触れるあの箇所はだな、私に非常に不愉快な刺激を生じさせ…つい声が漏れてしまうのだ。」
「あの音は声だったのかよ!!つか、感覚あるのかよ!」

ちょ!!!兄ちゃん!!!
なんてもんを俺に使わせてんだよオオ!!!!

「君にもあるだろう、急所の一つや二つ。」
「そ、そりゃあるけどなんで机?!おかしいじゃないか!!なんなのこの机!!」

俺は何も知らずこの化け物机で毎日勉強やパソコン閲覧やその他もろもろ・・・もろもろぉおおおお!!!
ダメだ!!ダメージがハンパない!!!

「君が何を思うかはさておき、私はただの机さ。」
「ただの机であるはずがない!!机がしゃべるか!!机が痛がるかああアアアア!!!」

この机は取り憑かれている、呪われている、お払いが必要だ!!

「君は何だ、未知のものをすべて否定するタイプなのかね、なぜ受け入れようとしないのだね。」
「未知もクソも!!こんな常識ハズレな現象…俺の中にこんな…数式は存在していないんだよ!!」

よし、捨てよう!すぐに捨てよう!今週中に捨てよう!

「君、数学者を志しているのだろう?ならば今存在していない数式をなぜ求めようとしないのかね。それともなんだね、君は解く自信が無い問題には手を出さない主義なのかね。」
「な、無いものを求めるとかっ…!!」

ぐぬぬ…俺はだな、解けない問題はないと豪語しているんだ。

「君ならば、私の真実にたどり着けるやも知れぬ。」

……存在しない数式を、俺に生み出せと?!
まだ誰も解いていない、まだ存在すらしていない数式、この俺に…その解を出せと?!

「君、いつか真実にたどり着いた時に、また語り合おうではないか。」
「いつかって何だよ!すぐに達成してやるからな!!机の真実を求める公式、発見してやるよ!!!」

・・・面白そうじゃないか!!!くそう、やったるわっ!!!

「君、いつか時が来るまで、急所を突いてはならんぞ。」
「ふん!それはできない約束だな!!ま、しばらくは我慢してやるよ!!」

見てろよ!!俺は必ず、お前を証明して見せる!!!

「それは、重畳。」


・・・やけに興奮してしまった俺は、結局朝まで数式を解き続けてしまったわけだが。

徹夜明けで挑んだ数学IIIと物理Bのテストは、満点をゲットした。

やけに頭が冴えていたというか、落ち着いていたというか。性急に解を求めがちで、いつも肝心なところですっころんでいた俺の悪癖が抜けたというか。

なお、英語は赤点ぎりぎりの45点だったわけだが。
まあ、次の日の古典も赤点ぎりぎりの42点だったわけだが。
さらに、その次の日の現代文に至っては赤点で再試になったわけだが。

テスト勉強しないで計算式ばっか解いてたもんだからしょーがないっちゃあ、しょうがないわな。

三年生の重要なテストでなにやってんだって母さんにめっちゃ怒られてさ!一週間にわたり相当なレベルの虐待弁当食わされる羽目になっちゃったわけだけどさ!!!


・・・あれからずいぶん、時が過ぎ。


俺は今、なぜか・・・物理学者になっている。

研究室には、俺の著書が並び…あの机も置いてある。

どれだけ研究を重ねても、真実にたどり着けない俺。

いくつか発見をし、いくつか認められてもなお、あの日の対話にたどり着けない。

俺はいつしか、あの机に向かって学生時代のように急所を突くようになった。

あの頃のような、振動も、おかしな音もしない。

・・・俺は、急所を突きすぎてしまったのかもしれないな。

思えばあの日、最後の気力を振り絞って俺にあの机は訴えかけたのではないか。

・・・俺は、なんと言うことをしてしまったのか。

・・・いやいや、机はまた語り合おうといっていた、今はまだ静観しているだけなのではないか。
だとしたら、しつこく急所を突き続けていればまた反応を返すかもしれない。

現在の状況をさまざまな角度から推測しつつ、研究を重ねる日々が続いている。

急所を突きすぎて、会話することができないくらい弱っているのかもしれない。
実家から移動した際に、微妙に配置が変わって存在自体が変容してしまったのかもしれない。
長い年月が過ぎ、生命?活動を終えてしまったのかもしれない。

・・・何一つ真実にたどり着けない俺が、ここにいる。

何一つ、俺の数式は完成していない。
何一つ、完成の兆しを見つけられない。


・・・俺の発見など。


「教授!!!受賞決定です!!」

・・・俺の発見など。

「ああ、君行って来なさい、私は研究していたいから。」
「そんなの無理に決まってるでしょ!!!」

俺は助手に無理やり手を取られ、机から引っぺがされてしまった。

・・・仕方がない、休憩するつもりで顔だけ出してくるか。

俺は、しぶしぶ・・・研究室を出た。


ぶーん。

ぶーん、ぶーん。


「君、私も我慢の限界が近いのだがね。」


・・・世界の常識が変わるまで、あと、少し。

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