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『銀の匙』の泉を求めて -中勘助先生の評伝のための基礎作業 (30) 藤村操の死

 いよいよ試験が始まってしばらくすると夏目先生は生徒の机の間をまわりはじめました。単語を出してその反対の意味の言葉を書くことを求める問題です。弱っている生徒がいるらしく、前のほうで夏目先生はある生徒の書いている答案をみながら、「こんな字はありませんよ。お直しなさい」というようなことをいっていました。中先生は、おもしろい先生だと思いましたが、同時にかなりの恐慌に襲われました。注意してくれるのはありがたいけれども、もともとうろ覚えですから全然自信がありませんし、直すように言われてもとてもできそうにないからです。そうこうするうちに夏目先生は机の行に沿ってとうとう中先生のところまでやってきて、立ち止まってじっと見ていました。中先生は小さくなって心で無事を祈っていたところ、だまって通りすぎたので、中先生は「しめた、当ってたな」と思い、ほっとしたということです。

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中勘助先生は『銀の匙』の作者として知られる詩人です。「銀の匙」に描かれた幼少時から昭和17年にいたるまでの生涯を克明に描きます。

●中勘助先生の評伝に寄せる 『銀の匙』で知られる中勘助先生の人生と文学は数学における岡潔先生の姿ととてもよく似ています。評伝の執筆が望まれ…

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