011-魅せられて

011 ジュディ・オング「魅せられて」(1979年)

作詞:阿木燿子 作曲・編曲:筒美京平

70年代までの筒美京平は作曲だけでなくアレンジも同時に手がけることが多かったのですが、80年代アイドルの時代になると、仕事量が増えすぎたのか、アレンジは別の人に依頼するようになります。そんな境目の時期に、筒美京平のアレンジの最高傑作がありました。

ミリオンセラーとなり、79年の日本レコード大賞の大賞を受賞したこの曲、孔雀が羽を広げたような衣装も話題になりました。この頃は、池田満寿夫の小説「エーゲ海に捧ぐ」(77年)に端を発するエーゲ海ブームだったわけですが、この曲はまさに、映画版「エーゲ海に捧ぐ」のCMソングとして作られたものだといいます(ワコールのCMソングにもなりました)。

この時期の筒美京平は、ディスコ(フィリーソウル)と共に、ヨーロッパ的感性のイージーリスニングなど、華やかなショウビズ的な感性でアレンジした曲が多く、特にポール・モーリアの優雅なアレンジからは大きな影響を受けたようです。その影響は、太田裕美「9月の雨」(77年)のフィリー+ポール・モーリア的な世界観や、岩崎宏美「さよならの挽歌」(78年)を経て、この「魅せられて」に結実します。

前述の通り、もともとエーゲ海(ギリシャ)がテーマということが決まっていたのでしょう。そこにポール・モーリア的な世界観を重ね合わせたことは想像に難くありません。この曲のベースラインには、明らかに「オリーブの首飾り(El Bimbo)」(75年)からの影響が見られますし、ギリシャの楽器であるブズーキが使われていたりという小技もさすがです。しかし、それはとっかかりにすぎなかったのかもしれません。

なんといっても凄いのはストリングスです。通常ならメインに来ることは少ないストリングスを楽曲全面に配し、その代わりにキーボードがいないという思い切った編成(録音はしたもののミックスで抜いた可能性もありますが)。ストリングスの高音を左、低音を右に配したことで、イントロとAメロでは掛け合い的なフレーズを弾かせておいて、サビの<Wind Is Blowin’ From Aegean>のヴォーカルとのユニゾン・フレーズで、左右が一気に混ざって分厚い音になって駆け上がり、さらにそこにハープが絡んで来るという、ものすごいこみ上げ具合。その瞬間にベースラインが走り出して、一瞬にして視界が開けていくような感覚を作り出しているのは鳥肌ものです。その後の<好きな男の 胸の中でも>の早口のフレーズのバックでは、音数を減らして大仰さを断ち切るメリハリも忘れていません。しかも、サビあたまのところではストリングスの音に隠れていたホルンが吹く裏のラインが通奏低音のように残って現れるというのはすごいアイデア。さらに、<UhーAhーUhーAhー>のところではストリングスとハープを効果音的に使うというトリッキーさを見せます。

この曲は1度ヘッドホンで聴いてみることをおすすめします。楽器の立体的なアレンジに驚くことでしょう。筒美京平はただの作曲家ではなく、サウンドも込みで作り上げるクリエイターなのです。

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