027-夏の雫

027 三田寛子「夏の雫」(1982年)

作詞:阿木燿子 作曲:井上陽水  編曲: 坂本龍一

81〜82年頃から、所謂ニューミュージック系のアーティストが歌謡曲歌手に楽曲提供するのがブームのようになりますが、その中には当然アイドルの曲もありました。

三田寛子は井上陽水作曲、阿木燿子作詞による「駆けてきた処女」で82年にデビューします。この曲は、陽水の変態的な楽曲を、アレンジ担当の萩田光男が凄まじい才能でアイドルポップスに落とし込んだ名曲だったのですが、陽水作曲、阿木作詞という同じく布陣で臨んだこの2ndシングルは、なぜかアレンジを坂本龍一が担当。これが、アイドル史上に名を残す難曲を生み出すことになりました。

この曲が生まれた過程は分かりませんが、おそらく、陽水自身は「駆けてきた処女」と同じような感覚で作曲したのではないかと思われます。陽水のメロディ感覚は独特で、一体どこに着地するんだろう?というようなふわふわしたラインを、一転、かなりベタな決着のつけ方で解決したり、メロディが突飛な音の飛び方をしたりと、先が読めないのです。ある意味天然なのですが、坂本はそれをアレンジで"構成"してしまいました。

必要なところに必要な分だけの音が配置された、流れを作るというよりも、音のパーツを当てはめていくようなアレンジは、不安定な歌唱をバックトラックやコーラスでリードヴォーカルをサポートしていくような従来のアイドルポップスとは真逆のアプローチで、歌を中心にバックの音が配置されているような印象を受けます。つまり、しっかりした歌があって初めて楽曲が成り立つような作り。シンガーにとっては非常にハードルが高いのです。

しかも、1曲を通して、この楽器を聴いていれば歌えるというようなガイドになるものがなく、ドラムですらヴォーカルのガイドになりません。さらに、Aメロの歌い出しは突飛な音使いでかなりトリッキーなフレーズにも関わらず、何の楽器のガイドもないままヴォーカルが拍を食って入るという、新人アイドル歌手には嫌がらせレベルの難しさ。しかも、陽水らしいゆるゆるなメロディを、ずらして歌うのは許さないぞとばかりに、一拍目にバキバキのアクセントを入れてくる。コード感が合っていればOKというような雰囲気モノだったり、グルーヴに乗っていればOKな勢いイッパツという歌を一切許さないアレンジなのです。容赦ないです。カッコいいんですけど(笑)。

こんな難易度の高いアレンジは、普通なら直しが入りそうなものですが、そこはYMOで飛ぶ鳥を落とす勢いの坂本。これでもOKになっちゃったんでしょうね。

もう1つ気になるのは、"Kumi and Rumi"など、唐突に女性の名前が登場することです。最初は歌詞も陽水が書いたのではないかと思ったのですが、クレジットを見れば、阿木燿子となっています。おそらく、デモの段階で、陽水自身が歌った仮歌というか、ハナモゲラ語のような感じでこの名前が既に登場しており、阿木がそれをイキにしたのではないか、そんな風に推測もできます。

名曲なのですが、当時、16歳の高校生だった三田寛子からすれば、訳のわからない曲にしか映らなかったでしょうね。


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