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記憶に埋もれる罪と真実

神奈川県秀琳区

「まいこちゃん遅くまでありがとね、助かったよ」

「お役に立てて何よりです」

そう答えると舞子はニッコリと笑った。

ここは『PARMA』舞子が通う秀淋短期大学と自宅のちょうど中間にあるパスタを売りにするイタリアンの店である。

この日は平日には珍しく、遅い時間まで客足が途絶えなかったため、店長に頼まれ舞子は残業したのであった。

「もうこんな時間だ。早く帰ろう。」

そうつぶやくと舞子は普段よりいくぶん速足で帰路についた。

アパートに着き、カギを取り出しドアを開けた。

『ドンッ』後ろから押された背中の衝撃の次にきたのは首への圧迫

「騒ぐなよ、殺すぞ」

首を絞める力から抵抗は敵わず、3回小さく首を縦に振った。

「奥へ進め」

カチャンと鍵が閉まる音が聞こえ、男の言うままに部屋の奥へと進む。

何かで口を塞がれ、後ろ手にまとめられ、流れるような動きで足もまとめられた。

「金目の物はどこにある」

声を出せないため、横に首を振る。

「そっかぁ」

「じゃあ現金あるだけもらってくわ」

間の伸びた声で言う。

バックの中から財布を取り出し中身を抜き取った。

「他に現金ない?」

首を横に振る。

「ほんとに?」

今度は縦。

「そっかぁ」

男はそう言うと舞子を殴りつけた。

急に殴られた舞子は、とっさの事に理解が追い付かない。続けて2発3発と殴られると、

気を失い倒れてしまった。

カーテンの隙間から差し込む月明かりが男の顔を照らしていた。


神奈川県警秀淋署

「お疲れ様です」

「おう、有部(ありぶ)の様子はどうだ?」

いかにもベテラン刑事といった風貌の小池が、部下の石田に聞く。

「何言ってるか分からないんですけど、ずっとぶつぶつ何かつぶやいてますよ」

「そうか」

「自分、これから有部周辺の洗い出しに行ってきます」

「ああ、頼んだ」

上着を手に、小池もどこかへと出かけて行った。


千葉県立精神科医療センター

ここは千葉県某所にある精神科医療センター

様々な疾患を抱えた患者が来るが、比較的疾患の程度が重症な患者が多い

「才賀(さいか)君はどうしてこの病院に?」

「敬愛する阿久津先生の下で勉強させていただきたくて」

「それに、自然の多い所が好きなんです」

才賀重(しげる)は窓の外を見ながら穏やかな口調でそう答えた。

「ここは本当に空気が綺麗で患者さんにとっても、良い環境ですよね」

「そうなんだ。私も気に入ってるんだよ。研究で根詰めているときに少し散歩をすると頭がすっとするんだ」

紅茶を片手に阿久津は笑顔で言った。

「少し奥の方に行くと川が流れていて、そこで釣りも出来るんだ。今度一緒にどうだい?」

「ええ、是非ご一緒させていただきたいです」


「今日は絶好の釣り日和ですね」

「ああ、良かったよ。楽しみにしていたからね」

二人は病院から歩いて二十分ほどの所に来ていた。

「もう少し上流の方まで行ってみようか」

「はい」

勾配のある山を二人は登って行く。

「この辺から始めてみようか」

少し開けた場所に出た所で釣りを始めた。

「私は疑似餌より活餌派でね」

阿久津は手慣れた手つきで、ブドウ虫を釣り針に付けていく。

少し離れた場所に行き才賀も釣りを始めた。

久しぶりの釣りは楽しく、あっという間に時間が過ぎていった。

「いやぁ、中々の釣果でしたね」

「才賀君は釣りの才能があるね。気配を消すのがうまいのかな」

「ありがとうございます。先生の指示が的確で、それにお借りしたこの竿のおかげでもあると思います」

「良かったら、プレゼントするよ」

「えっ、いいんですか!嬉しいです」

「また一緒に来よう」

「はい、是非!」

「ここは道を外れると急斜面になっている場所があるから、極力誰かと一緒に来るようにした方が良い」

「わかりました」

「じゃあ、戻ってこいつをアテに一杯やろうか」

「いいですね」


「いやぁ、バーベキューセットもあるんですね」

「他の材料も用意したよ」

「うわ、美味しそうな野菜ですね」

「地元の新鮮な物だよ」

「そうなんですね」

阿久津は野菜や魚を手際よくナイフで捌くと、焼き始めた。

「最初はビールで良いかい?」

「はい!」

「「カンパイ!」」

「ふぅ、運動した後は美味いね」

「そうですねぇ、この景色が更に美味くさせますね」

「ああ、まさにその通りだ」

綺麗な空気

満天の星空

鳥や虫の調べ

全てがウソのようで夢のようだった。

「さあ、焼けてきたようだ、食べよう」

「いただきます」

「どの野菜も味が濃いですね!」

「そうだろう、そうだろう」

「魚も良い感じだ。はい、骨に気を付けて」

「ありがとうございます」

「うまい!抜群です!」

「うん、うまい!」

二人は満面の笑みで互いに笑いあった。

「肉も食べるだろ」

「はい!いただきます!」

すると、見るからに美味そうなステーキ肉を二枚焼き始めた。

「焼き加減は何が好きかな」

「僕、普段はミディアムかミディアムレアで頼んでます」

「じゃあ、この肉だったらミディアムレアが良いね」

「先生は何が好きなんですか?」

「私は、いつもレアだね」

そういうと、薄く笑った。

「好み分かれますよね」

「ああ、そうだね」

阿久津は、じっと肉が焼ける様をみていた。

その視線は、ピントが合っているのかどうかわからなかった。

「才賀君のはあと二十秒ほど焼いてホイルに包んで二、三分程休ませよう」

そういうと、自分の分の肉を皿に乗せナイフで切り食べ始めた。

ナイフで切られた肉の断面からは、赤い肉汁が零れていた。

「おっと、才賀君の肉」

「先生、自分でやりますよ」

「そうか、ホイルに包んだらそこのスペースに置くといい」

「はい」

才賀はホイルで肉を包みながら、ちらりと阿久津を見ていた。

「いやぁ、お腹一杯です」

「それは良かった」

「本当に最高でした!」

「また、機会を作ってやろうか」

「お願いします!」


才賀が医療センターに来てから半年が経とうとしていた。

毎日、検診の助手やカルテ記入など忙しい日々を過ごしていた。

「佐藤さん、最近だいぶ良い感じですね」

「・・・先生・・・のおかげ・・・です」

消えそうな声で答えた。

「そう言ってもらえて嬉しいです」

「あ、それから」

「僕はまだ研修医ですから、先生は止めて下さいね」

いたずらっぽく微笑みながら部屋を後にする。

「先生、報告書こちらに入れておきます」

「ああ、ありがとう」

「先生、そちらは研究資料でしょうか」

「うん?ああ、そうだね」

「少し見せていただいても宜しいでしょうか?」

「構わないよ、ただ・・・見てもわからないと思うよ」

「?」

「論文にするまでは、ある程度の事しか資料として書かないんだ」

「詳しい事は先生の頭の中ということですね」

「そうなんだ、新しい研究は特に気を付けないといけないからね」

「研究は、いつも一人で行っているんですか?」

「以前には助手もいたんだけど、やめてしまってね」

すっと目を細めてそう言った。

才賀は、それ以上は何も聞けず資料に目を向けた。

そこにはアルファベットや数字が記入されていた。

確かに、どのような研究が行われているかは分からなかったが、

ふと思い出した事があった。

「先生、以前は脳神経外科を専門とされていたんですよね」

「ああ・・・そうだよ、よく知っていたね」

少しびっくりしたような顔をして阿久津は答えた。

「この研究資料は、何となく外科的な研究資料に見えたので」

「分かるのかい⁉」

「分かるという程ではありませんが、そう思ったので」

「そうか」

阿久津は、才賀を見つめていた。

「何か?」

「・・・いや、何でもない」

そういうと、手元の報告書に視線を移した。

その姿に何か感じる所はあったが、それが何かわからなかった。


地下室

「ぐぁぁぁぁぁ!」

けたたましい叫び声が響く

そこは手術室

手術台の上にいる人物が叫ぶ

手足は抑制帯、頭も特殊な器具で固定されている

頭部側には手術着を着た人物

手が細かく動いている

モニターには様々な数値が映し出され

刻々とその数字は変わり続ける

床には水溜りのように広がる液体

恐る恐る近づいて行くと、手術台に寝る人物の顔が見えてきた

それは才賀であった

「うわぁ!」

才賀は、がばっと飛び起きた。

そこは、病院近くにある寮内の自室

体中が汗でびっしょりと濡れていた。

(一体何の夢だったのだろう?)

才賀は、一点を見つめ暫し呆然としていた。

自分のモノとは思えない叫び声が耳から離れずに。

「あれ、佐藤さんはどうしたんですか?」

才賀は、回診予定表を確認すると近くにいた看護師に尋ねた。

「佐藤さんは、亡くなられました」

「えっ!いつですか?」

「昨日です」

「死因はなんだったんですか?」

「脳梗塞です」

「そうですか・・・」

(最近、やっと少しずつ話せるようになってきた所だったのに)

「今、どこにいるんですか?」

「地下の霊安室です」

「ありがとうございます。勤務後に手を合わせに行ってきます」

「入室許可が必要ですので、事務所によって下さい」

「わかりました」

勤務後、事務所に向かうと看護師長が待っていた。

「内藤師長、お疲れ様です」

「お疲れ様です。私が同伴します」

「お手数お掛けして、申し訳ありません」

「いえ、構いません」

入室記録表に記入し、地下へと向かった。

「こんな所に地下へのエレベーターがあったんですね」

「誰でもいける場所ではないですから」

鍵のついたドアを開けると、そこには認証パネルが付いたエレベーターがあった。

師長が、認証用ⅠⅮをかざすとエレベーターが開いた。

ストレッチャー以外にも六人は入れる広い作り、行先のボタンは【B1】のみ。

重々しい扉が閉まり、低いうなり声を上げて地下へと進んでいく。

エレベーターから降りると、まっすぐ伸びる廊下の両側に部屋が並んでいた。

感知式の照明の為、進むたびに天井の照明が一つずつ点いていった。

どこまで続くのか分からず闇に吸い込まれて行くようだった。

一部屋ずつ認証パネルがついていたが、こちらは顔認証になっていた。

奥から2番目【6】と書かれたプレートの部屋まで進み、師長は顔認証で開錠した。

中に入ると、冷やりとした空気が身体をなでた。

ぶるりと身体を震わせ、遺体の下へ歩いた。

両手を合わせ、暫く拝んだ後に

「拝顔しても宜しいでしょうか」

師長は目を閉じながら、ゆっくりと首を縦に振った。

顔にかかった布を両手でそっと持ち上げる。

そこには確かに佐藤さんの顔があった。

頬がこけ、青白く生気が全く感じられない顔だった。

(こんなに痩せてしまうものなのか・・・)

頭には、包帯が巻かれていた。

(?)

布を戻し、再度両手を合わせた。

横にはⅬEⅮで出来た線香が供えられていた。

「ここは火気厳禁ですから」

才賀の視線に気付き、そう声を掛けた。

その後、暫く佐藤さんを見ていたが

「そろそろ戻りましょう」

その声に続き部屋を出る。

施錠された事を、師長は確実に確かめた。

才賀は正面の部屋を見た。

【13】と書かれたプレート。

その横、一番奥の扉のプレートを見ると、そこには何も書かれていなかった。

気にはなったが、師長がエレベーターに向かっており、追い付くために速足で戻った。

扉が閉まる時に、廊下の奥に目を向けた。

そこには何か蠢くモノが見えた。

頭の中には、あの叫び声が響いていた。

部屋に戻った才賀はベッドに横になり、天井を見つめていた。

何かを考えようとしていたが、何を考えれば良いか分からなかった。


「この男知ってる?」

石田は、有部の写真を手に聞き込みを行っていた。

「んー、見た事あるような気がしなくもないかなぁ」

少し派手目なその子は、毛先を遊びながら答えた。

「話した事はない?どんな感じだったか覚えてない?」

「覚えてないよぉ、ホントにこの人かわかんないもん」

「そう、ありがとう」

「ねぇ、捜査協力ってなんかくれないのぉ」

「ごめんね、ないんだ」

そう言うと、足早に去って行った。

「またねぇ」

その後ろ姿に、ひらひらと手を振った。


「すいません、秀琳署の石田と申します」

警察手帳を開き尋ねる。

「ここで以前、この人が働いていたはずなんだけど」

「私、最近入ったばかりでわからないです」

受付にいた女の子はそう答えると、インカムで何か言っていた。

「今、店長来ます」

ここは、個室のネットカフェ。

二カ月前まで有部が働いていた店だ。

「あ、店長の沢辺ですけど」

三十半ばに見える男が怪訝そうな顔で近づいて来た。

再び手帳を見せ、名前を名乗った。

「有部の事について聞きたいんだけど」

「あ、あいつ捕まったんですよね」

「ここで働いていた時の事を詳しく教えてもらえる?」

「うーん、基本的に他人と関わり合おうとしないやつでした」

「誰か仲良くしていた人はいなかったの?」

「最初は話しかけるんですけど、返事とかもろくにしないからみんな離れちゃうんですよ」

「接客はしていたの?」

「いや、出来ないんで部屋の掃除とか棚の整理とかやらせてました」

「辞めた理由は?」

「出勤して来たら、自分のエプロンが無いって暴れて出て行っちゃって、
それっきりです」

「無くなったの?」

「いや、普通にあったんですよ」

「どうゆう事?」

「よくあるじゃないですか、目の前にあるのに見つけられないみたいな事」

「ああ、あるね」

「あれだったんですよ」

「なるほど、最後の出勤日はいつ?」

「ちょっと待って下さい、調べてきます」

「僕もついて行って良いかな」

「どうぞ」

受付のフロアの一つ上の階に事務所があった。

「ああ、こちらですね」

「写真撮っても構わない?」

「プリントしましょうか?」

「それは助かる」

「これだと最後の日は、店長が一緒で」

「ええ、バイトの子が同じシフト嫌がりまして・・・」

「なるほど」

他のバイトに聞き込みをしても収穫は無さそうだと思い、礼を伝えた。

プリントアウトしてもらった紙を手に署へ戻った。


「こんにちはー」

「はい、こんにちは」

優しそうな笑顔で出迎えてくれた。

「秀琳署の小池と申します」

「・・・まいこちゃんの事ですね」

「はい、宜しいでしょうか」

「ええ、こちらへどうぞ」

事務室に通され椅子に腰掛けた。

「お茶入れますね」

「お気遣いなく」

あまり広くない事務室。必要最低限の物しか置いていない印象の部屋だった。

「どうぞ」

「ああ、すみません」

湯呑に口をつけ、一口すすった。

「それで、どのような事を?」

「ここにいた時の事などを教えていただければと」

すると、すぐ横の棚から一冊のアルバムを取り出し開いた。

「昨日も眺めていました。まさかあの子があんな事に・・・」

辛そうな顔でアルバムを小池に向ける。

「この子がまいこちゃんです」

「どんな感じの子だったんですか?」

「とても明るくて、人懐っこい子でしたよ」

ハンカチで目元を拭い、微笑みながら答えた。

「彼女はいつからここに?」

「彼女が四歳の時でした」

園長は続けて話した。

「母親と二人で暮らしていたんですが、母親が仕事帰りに事故に遭いまして・・・」

「他に親族はいなかったと」

「いない事はなかったんですが、引き取りを拒否されて」

「そうですかー」

「彼女はいつまでここに?」

「六歳です」

「迎え入れたのが昨年亡くなった、平井さん夫妻ですね」

「はい、そうです」

「また事故で両親をなくされたわけですか」

「ええ、可哀そうに」

ぎゅっとハンカチを握った。

「彼女とは卒園してから、お会いになった事は?」

「ええ、節目には家族でお見えに。高校生になってからは毎年一人で遊びに来てましたよ」

「節目?」

「卒業式の写真などを持って来るんです」

「ああ、なるほど」

「今年も?」

「いえ、今年はまだ」

「じゃあ去年が最後に」

「ええ、そうなってしまいました」

「他の卒園者も来るんですか」

「まぁそれぞれですねぇ」

小池はアルバムに目を落とし尋ねた。

「こちら創立は?」

「創立四十三年です」

「そんなになるんですか、しかし手入れが行き届いているようで綺麗ですな」

小池は立ち上がり、周りを見渡しながら話す。

「ありがとうございます、何とか頑張って保っております」

質素ではあるが、手入れが行き届いており定期的に修繕がされているように見えた。

「ご協力ありがとうございました」

園長は深いお辞儀で返す。

「ああ、最後にこの男に見覚えは?」

写真を見せて聞いた。

「知らないです」

「そうですか。では、これで失礼します」

小池は養護施設を後にした。

小池は電話を取り出し

「調べてもらいたい事がある」


平井家

「今日からここがまいこちゃんのお家だよ」

「すごーい!大きなお家!」

まいこはきらきらと目を輝かせて言った。

「ははは、気に入ってくれたかい?」

きょろきょろと見ているまいこに尋ねる。

「先にまいこちゃんの部屋に案内しよう」

「え!まいこの部屋があるの!」

「さあ、ここがまいこちゃんの部屋だよ」

「すごーい‼すごい!すごい!」

手を叩き、飛び上がって喜んだ。

「入ってごらん」

「はい!」

まいこは部屋に入り、ゆっくりと見回した。

「あっ!ランドセル!」

学習机の上には、新品のランドセルが置かれていた。

「しょってもいい?」

「もちろん!」

夫妻も笑顔で答える。

「どう?」

「ああ、とっても良く似合ってるよ」

「うれしい!・・・パ、パ、マ、マ、ありがとう」

二人は顔を見合わせ、まいこを抱きしめた。

「まいこは今日から家の子だ、何も気を使わなくていいんだからな」

『父』は、そう言うと、優しく頭をなでた。

その姿に『母』はうんうんと頷いた。

「じゃあ、他の部屋もみてみるか?」

「うん!」

一通り部屋を案内し終えると、リビングでくつろいだ。

「来月から、小学校に入学だ」

「友達できるかな?」

心配そうな顔で聞いた。

「大丈夫さ、いっぱいできるよ」

「そうよ、いっぱいできるわ」

「うん!いっぱいつくるね」

ぱっと明るい笑顔になった。

夫 平井理(おさむ)は製薬会社に勤務する研究者であった。

医療用の鎮痛薬、鎮静薬などを研究していた。

妻 涼子は病院に看護師として勤務していたが、まいこを迎えるため退職していた。

五年前、二人は病院で出会った。

病院に訪れた理を涼子が案内したのがきっかけであった。

毎月訪れていた理をいつも涼子が案内していた。

「こんにちは、今日は暑いですね」

「そうですね、こんな日の運転は大変ですね」

「いえいえ、ドライブだと思えば」

理は照れ笑いしながら答える。

「なるほど、ドライブですか」

くすくすと笑う。

「良かったら、今度一緒にいかがですか?」

「本当ですか!うれしい!」

手放しで喜ぶ涼子を微笑ましく見ていた。

「あ!遥真先生」

「何やら楽しそうで」

「ごめんなさい」

「平井先生がお気に入りなのは構わないけど、仕事中はしっかり頼むよ」

「な、なに言ってるの⁉」

顔を染めながら必死に答えた。

「あっ、言ったらダメだった?」

いたずらっぽく笑った。

「さあ、平井さん中へどうぞ」

「は、はい。失礼します」

一時間ほど、新薬についての意見交換を行った。

「涼子と仲良くしてやってくださいね」

「はいっ?」

「先ほどの看護師ですよ。僕の従妹なんです」

「あっ、そうなんですね。こちらこそよろしくお願いします」

血が上昇しているのを感じつつ、冷静に努めた。

「では、今回のご意見を反映いたします。ありがとうございました」

車に乗り込んだ理は、窓を開けて走り出した。

いつも以上に清々しい気持ちで。


「まいこの合格を祝ってかんぱーい!」

「「かんぱーい」」

「ありがとう!パパママ」

三人で食卓を囲んで、まいこの入学祝をしていた。

まいこは保育士となるべく短期大学へと進学を決めていた。

「さあ、食べよう!今日は涼子が腕によりをかけたご馳走だ」

「いっただきまーす!」

待ちきれないというように料理に手を伸ばした。

「わあ、美味しい!」

「うん、美味い!」

「家から通えば、毎日ご飯作ってあげるのに・・・」

「涼子、やりたいようにやらせてやろうよ」

「ちょこちょこ帰って来るから」

「本当?」

「本当だって」

「まあまあ、家事の大変さに根を上げてすぐに帰って来るかもしれないし」

「もう、パパったら!」

頬を膨らませたあと笑った。

「困った事があったら、すぐに連絡するんだぞ」

「わかってるよ」

「心配だわ」


神奈川県警秀淋署

「石田さん、頼まれていた件です」

「おう、早いな」

資料を受け取りながら答える。

「施設の創立者は早川峰子。

創立から二十年間、園長として経営から全て行っていました。

二十年目、今から二十三年前ですね、事故で亡くなっています。

その時から現在の園長である大川静子の名義になっています」

「事故で亡くなった?」

「はい、交通事故です」

「事故の資料は?」

「そう言うと思って、持って来てます」

「サンキュ」

「資金面に関してですが、財務諸表を調べましたが特に問題ないようにみえます」

「そうか」

「ただ、寄付金額が少ないですね」

「それは、施設によるんじゃないのか」

「まあ、そうなんですが」

「今の園長に代わってから年々減っているんです」

「なに?」

「逆に里親は増えていて、しかも金持ちばかりです」

「そいつはおかしいな」

「あと、他にも気になる事が」

「なんだ?」

「ガイシャの遺産の行き先が養護施設になっています」

「遺言状があったってことか?」

「そうなんです。平井夫妻から受け継いだモノと一緒に貸金庫に預けられていました」

「後見人がいたのか?」

「相続の際に司法書士がついたようです」

「なるほどな」

「気になるのはこっからなんですけど」

「なんだ?」

「預けた金額が少ないようで」

「少ない?使ったんじゃないのか」

「二千万以上も少ない計算です」

「あれ、家も売り払ってるよな?」

「はい、去年の内に」

「だったら税金だなんだで持ってかれるだろ」

「もろもろ差っ引いても少ないんです」

「聞き込みの様子だと、真面目で遊んでる感じじゃなかったし家の中も質素なもんだったけどな」

「相続時に通常の口座に三百万入っており、学費などもそこから出ていました」

「司法書士の名前は?」

「服部信二です。事務所の場所はそちらに」

「仕事が早くて助かるよ」

暫く資料を見たあと上着を手に署を出ていった。


プレートの無い部屋

「さあ、実験を始めよう」

阿久津はそう言うと、患者に薬を投与した。

薬が効いた事を確認した後、固定された頭に器具を刺し始めた。

患者の手足がぴくっと動いた。

「ん、んん」

「お、目が覚めたか」

「ここは?」

「実験室だよ」

「阿久津先生?なんで実験室に?」

「当然実験のためだよ」

「何の実験をしているんです?」

「何だ、随分すらすらと話せるじゃないか」

「う⁉」

「それでは実験のし甲斐がないではないか」

「どういうことです?」

「私の実験はね、脳に電気を流して精神疾患の向上を主な目的としている」

「脳に電気を?」

「脳神経外科の手法の一つなんだがね。より深い場所のデータを取っている」

「今、俺の頭に?」

「見てみるかい?」

鏡を用いて、患者に見えるようにした。

「うあ!何だこれ!」

そこには、数本の金属の器具が頭に刺さっている自身の姿があった。

「何って電極だよ」

「そうじゃなくて、何でこの状況で意識があるんだよ」

「特殊な鎮痛剤を使用していてね、意識がある状態で脳をいじれるんだ」

「こんなことして良いわけないだろ!」

「なぜ?」

「なぜってそれは・・・」

「君はここに精神薄弱で来たはずだよね」

「そうだけど・・・」

「それを少しでも良くしようとするのが私の使命だ」

「うう」

「しかし、それも嘘だったようだね」

「嘘じゃない、良くなっただけだ」

「いや最初から分かっていたよ、君が噓をついていることは」

「っ⁉じゃあなぜ」

「君が殺した人間は私のいとこの子供だった」

「そんな」

「まあ、そこはそんなに大した問題ではないんだ」

「復讐をするのか」

「だからそうではないよ、より良い実験体を見つけただけだ」

「どうするつもりだ?」

「こうして話しながら、どのような影響が出るか色々実験するんだよ」

「本当は問題ないんだぞ」

「精神疾患の患者に対しての実験は散々行ってきた、疾患の無いモノはまだ少なくてね」

「倫理的にダメだろ」

「君はここでは患者だから問題ない、というかここで行われている事は誰も知らない」

「止めて下さい、お願いします」

「ん?止めて欲しいか」

「お願いします、何でも致します」

「ほう、脳波に変化が出たな」

モニターを見ながら、手元の器具を動かす。

「お願いします、お願いします」

「なかなか、良い検体だ」

「ううう・・・」

「なるほどな、ここだと」

さらに手元を動かしてモニターを見た。

「色々教えてくれよ」

狂気を含んだ笑顔でそう呟いた。

二時間ほどのやりとりの後、阿久津はダイヤルを回し電力を上げた。

それは細かく震えた後、静かになった。


神奈川県警秀淋署

「小池さん、本当にありました!」

「おお、あったか!」

「早速解析に回します!」

「そうしてくれ」

「誰なんですかね?情報寄こしたの」

「わからん」


「こちら解析です」

「なるほどな・・・やっぱり関わりがあったか」

「これって、どういうことですか?」

「つまりだな、すべて筋書きがあったって事だよ」

「よし!令状取って行くぞ」


署内取り調べ室

「有部の携帯とレコーダーが出てきましてね」

テーブルの上に出す。

「誰ですか?それ」

「しらばっくれても、無駄だよ。こっちは全部把握しているんだ」

「有部は施設の出身ですよね」

「っ⁉」

「そして、服部信二と有部を使って事を起こした」

「知りません」

「遺産から二千万抜き取ったのもあなたですね」

「違う」

「それだけでは無いですよね、平井夫妻の死にも関わっている。違いますか?」

「あれは事故だったはず」

「事故に見せかけた殺人だ、有部のレコーダーに証拠が残っていた」

「有部は?」

「死んだよ、脳梗塞で」

「そんな・・・」

「その有部が天井裏に隠していたのがこれだ」

「天井裏・・・」

「あなたは、金持ちの親を探して里子に出し、個人的に寄付を受け取る。それだけでは足らずに今回は平井夫妻の遺産も手に入れようとした」

「知りません!」

「早川さんの死についても我々は疑いを持っています」

園長は何か言おうとしたが、下を向き黙った。

「事故の状況が平井夫妻の状況によく似ている」

「あなたは養護施設を引き継いだ。そして私腹を肥やすために計画を練った」

「いや、引き継ぐ前から計画していたんだろう。子供たちを洗脳し、自分の手足のように使い自分は一切手を汚さずに金をせしめる」

「平井舞子の遺言書もあなたが書かせた、そうですね?」

「違い・・・ます」

「これだけの証拠が揃っているんだ、逃れようがないぞ」

勢いよく取り調べ室のドアが開いた。

「服部が認めました!」

「さあ、どうしますか?」

「・・・」

黙ったまま項垂れた。

「話してもらいましょうか」

「・・・私は幼い頃から貧しく、ずっと生活が苦しかった。大人になれば贅沢が出来ると信じていた。だけど、あの女は質素堅実だとか言って、最低限の給料しか出さない。そんな生活が耐えられなかった」

「それで殺したのか?」

「それだけじゃない!あの女は私の男を寝取ったんだ」

「はあ」

「初めて愛した男だった。そんな男を取られたんだ、許せるわけないだろう!」

「その男が服部か?」

「そうさ、あの女が死んでから、服部は私の言いなりさ」

「子供たちを使う事に罪の意識はなかったのか?」

「金持ちの家に行けるんだ、幸せだろう」

「本当にそう思うのか?」

「何も出来ないやつらに愛想の振りまき方や大人に気に入られる術を一から教育してやったんだ、恩を返してもらう権利はあるだろう!」

「あんたのは教育じゃなくて洗脳だろ!」

「あいつらの教育は、施設を出てからしてもらえば良いんだ。私の言う事を忠実に実行出来るやつを育てるには洗脳が一番さ」

「都合の良い道具というわけか」

「私の施設で、私が育て、私が生かしてやってるんだ!私のために生きて行くのが、あいつらにとっても幸せなのさ」

「もういい、後は任せたぞ」

小池は、そう言うと厳しい顔で取り調べ室を出て行った。


「小池さん」

屋上にいた小池に、石田は声を掛けた。

「おう」

「何だかやりきれないヤマでしたね」

「そんなに贅沢したいのかねえ」

「まあ、多少は自分もしたいですけど」

「人を殺してまでする事ではないだろう」

「それは、もちろん」

「ましては、子供たちを使って・・・」

「いやになりますね」

「一度贅沢を覚えちまうとキリがなくなっちまう」

「なるほど・・・あっ、だから小池さんはヒラのままなんですか」

「バカやろう、そう言う事じゃねえよ」

「すいません」

「そこそこでいいんだよ、そこそこで」

遠くを見ながら小さく呟いた。


「才賀君、ちょっと話があるんだ」

「はい、なんでしょう」

「私の研究が大分進んでね、論文をまとめようと考えているんだ」

「それは、素晴らしい」

「で、君に手伝ってもらえないかと思ってね」

「えっ、僕で良ければ喜んで!」

「ありがとう。来週くらいからお願いしようかな」

「はい、よろしくお願いします!」

「こちらこそ宜しく、詳しい事は後日に」

「はい、では、失礼します」

才賀が去った部屋の中で阿久津は一人呟いた。

「研究が進みそうだ」



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