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P14 音がなる

その2日後の朝、私はひとつの決意を決めていた。

今度彼が訪ねた時は会ってみようと。

結局、私から歩み寄るか、彼が諦めるかでしかこの状況は変えられないのだ。

それなら自分からこの筋書きの分からない関係性にけじめをつければ良い。



正午前が近づくにつれて、私はしっかりと心の準備を固めることが出来た。

とはいっても私にできることは「私は誰とも会うつもりはありません」と、一言伝えるだけのイメージトレーニングをするだけだ。

もしかしたら彼は私がこういう対応することを見越して、毎回同じ条件でコンタクトをとっていたのかもしれない。

そう思えば、なんだか手のひらで踊らされているようで居心地が悪かった。



彼が訪れるのは11時から11時半の間と決まっていた。

世の多くの主婦や調理師がその食を振る舞う相手の為に、創作に励んでいる時間でもある。

彼は仕事の合間にうちの近場でランチでもとっているのだろうか。

しかし、田舎町の住宅街には目立った飲食店もなければ、スーパーもない。

最寄りのそれらに訪れるには少なくとも自転車が必要になる。

また、彼に対する謎が一つ増えたわけだ。


そもそも、彼はどんな仕事をしているのだろうか。

家族はいるのだろうか。

疑問の雨が降り止まらなくなりそうなので私は考えるのをやめた。



その時、疑問に応答するように玄関のチャイムがなった。

私は反射的に時計を確認してみた。

10時53分だった。


彼にしては少し、早い時間だ。

もしかしたら、別の訪問者かもしれない。

いいや、今日は予定が早まっただけかもしれない

予想外の不確定要素に少し焦りを感じたが私はまた冷静さを取り戻した。



彼かどうかを確かめる方法があったからだ。

もう一回、チャイムが鳴り、ノックの音が聞こえてきたらそれは間違いなく彼だ。

私は自室で立ち上がり、足音を立てないように少しずつ玄関に近づいていった。


2回目のチャイムがなった。

これだけではまだ誰か判断がつかない。

宅急便でも、営業マンも、回覧板でも同じことをする。


荒れる鼓動を感じながら、私は玄関ドアが見える位置まで近づいてみた。

扉から数歩離れた位置から、その扉の向こうの気配に意識を向けてみる。


10年以上、毎日見続けてきた扉だが今日はまるで別の何かに見えた。

扉の向こうの気配と合わさってそれは脈動を持つ有機体のように感じられた。



チャイムの余韻が空気に残響し、自分の鼓動や、吐息でさえ鮮明にこだました。

そして空気を裂く音が聞こえる。



コン、コン、コンと…



私は静かにその扉に手をかけた。




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