日本料理はどういう料理なのか~高須賀の美食入門~

日本料理の本質

私達が日常的に食べている日本料理ですが、さて振り返ってどういう料理なのかと即答できる人はあまりいないと思います。

美味しい料理を作るにあたっては2つの考え方があります。一つは旨みをとにかく加えていく足し算の料理。もう一つが素材そのものの味を引き出し、それ以外をそぎ落としていく引き算の料理。一般的には日本料理は引き算の料理と言われています。

美味しさを追求していく時に食材に備わっている雑味をどうするか問題になります。足し算の料理と言われているフレンチなどではこれをある程度は除去しつつも多少は仕方のないものとして受け入れます。

一方日本料理はというと、とにかく雑味を嫌います。雑味を抜くために何をするかというと、とにかく食材(特に野菜)を水にさらします。そんな事したら旨みとか全部抜けちゃうじゃん!って勢いで水に晒します。お店の大根おろしって家で作ったものと比較して澄んだ味わいがしますが、あれもおろしたての大根おろしを水につけて雑味を抜いたからなんだそうです。僕はこれを初めて聞いた時、ぶったまげました。

このように雑味をとにかく食材から抜いていく事で、旨みは多少損なわれるものの、澄んだ味わいを演出する事ができます。これが日本料理の本質です。イタリア料理もどちらかというと素材の味重視ですが、ここまで徹底して雑味を嫌う風潮はありません。和食が究極の引き算の料理と言われる理由がここにあります。

時々、この理念が理解できていないのか出汁を強めにとった味濃いめの日本料理を出してくる店がありますが、そういう料理を作っている人は日本料理の何たるかが全くわかっていないといえるでしょう。本物の日本料理を食べると、食材の奥からジワッと滋味深いしみじみとした味が感じられ、思わずため息がでちゃいます。

続いて代表的な8品目を元に、更に詳しく日本料理をみていきましょう。

①八寸

フレンチ・イタリアンにおける前菜的な位置づけと考えていただけばわかりやすいと思います。日本酒に合うような、ちょこちょこした一口サイズの品がいくつかまとめて出されます。基本的には作りおきのものが多く、店に来た客を待たせずに料理と酒にありついてもらう事が目的とされています。使用食材や盛り合わせで季節感を上手く演出し、目でも楽しめるような趣向が凝らしてある事が多いです。

②お造

刺身。日本料理ではメインディッシュに相当する。えっ切るだけなのにメインディッシュ?と思うかもしれませんが、実はキチンとした刺身を作るのは非常に高度な技術が必要だとされています。下手な料理人が刺身を作ると切れ目がギザギザしてしまって魚の身がくずれてしまい全く美味しくないのに対し、上手な料理人は魚の細胞を出来る限り押しつぶさず、旨みを出来る限り流出させずに刺身を引く事ができます。

徳島・青柳の主人、小山裕久氏は「切ることが、調理である」と定義付けしました。素人が作った刺身とプロが作った刺身に味の差がでるのだとしたら、例えば肉に絶妙な火入れをして最大限に旨みを引き出すフランス料理人の調理技術となんら大差はないわけです。初めてこの言葉を聞いた時「なんて素晴らしい表現なんだ。やはり一流の料理人は違うぜ」と関心してしまいました。

③お椀

日本料理のもう一つのメインディッシュ(これらを総称して椀刺と呼ぶ)。コンブととカツオ節で取られた出汁に調理した季節の魚介類や野菜類を浮かべて提供されます。西洋の旨みをとにかく濃縮させたコンソメスープが一口目が最も美味しいのに対して、和食のお椀は飲み干した後が最も美味しいのが特徴です。

とにかく雑味を汁の中にいれず、ギリギリの旨みを引き出すがポイント。また風味も非常に重要視されています。この2つの成分の一番鮮烈でピュアな部分だけをいかに上手く切り取る事ができるかが料理人の腕の見せ所といえるでしょう。ちなみに本当に美味しいお椀を飲むとほっとします。食べ物を食べる事を通じて安心させられてしまうのです。この感覚は日本人なら絶対に体験して欲しいな、と思います。

④焼き物

鮎のように一匹丸々焼くのと、身を切り分けて焼く方法の2つがある。魚に塩を振り余計な水分を出してから金串を打ち炭火で焼いて作られる。

上手な人が焼くと皮目はパリッと、身はふっくらと仕上がる。串の打ち方から火の当て方などで仕上がりの状態が非常に異なる為、料理人の中では「焼き一生」と言われたりもします。

⑤揚げ物

衣をつけて高温の油の中にいれて調理する。調理技術として分析すれば本質は2つに集約されます。一つは衣という外套を用いて食材を蒸し上げるように調理し、適切な火入れを行う事で、もう一つは余分な水分を抜いて食材の旨みを凝縮させる事です。この2つが揚げ物という調理を通して食材をおいしく仕上がる秘密になります。カリッとした外の衣に注目が行きがちな揚げ物ですが、揚げるという行程を通して食材がどれだけ美味しくなるかが本当は重要なのです。詳しいことは天ぷら編でまた記述します。

⑥炊合せ

椀物は出汁の一番ピュアな部分を引き出す調理行程ですが、炊合せでは出汁をもっと濃く取り出し、その出汁を使って食材を煮る事で食材に味付けを行っていきます。椀物用の出汁は1番だし、炊き合わせ用の出汁は2番だしと呼ばれており、抽出時間が異なります。食材自体の旨みが強い場合は、出汁を使わず調味料だけで炊く事もあります。

個人的には炊合せの本質は「出汁」を「食材」と組み合わせ、最も美味しく味わう為の行為にあると思います。私達日本人は刺身に醤油をつけて食べますが、視点を逆にしてみると醤油という食材の最も美味しい部分を引き出すためのパートナーとして、刺身を選んでいるという風にも考える事ができます。

これと同様に炊合せとは出汁の旨みを最も感じ取る為に、食材を煮付けるという調理工程を取っていると考えられないでしょうか。こう考えると一見足し算の料理ともみえる炊合せに、素材の旨みを最大限に引き出すという日本料理の哲学が垣間見えます。日本料理は素材と出汁を食う料理なのです。

⑦ご飯物

白米が出る事もあれば、旬の食材を使った炊き込みご飯が出る事もある。もともと日本料理の元となった大饗料理では、初めにご飯物+一汁三菜のセットが「お食事」として出され、その後に「酒肴」として現在の八寸~炊合せに近い料理が出されていました。貴族社会では食事をまず楽しみ、その後に酒盛りを楽しんでいたのです。ただ時代が進むと早々に酒から楽しみたいという需要が生まれ、初めから酒にあう料理が出される事となり、順序が逆転します。酒の席が一段落して、最後にお腹いっぱいになりましょうという事で出されるのがご飯物に相当するのです。卑近な例で言えば、飲み会の後のシメのラーメンみたいな位置づけでしょうか。

⑧水菓子

果物やゼリーっぽい感じの瑞々しいものが選ばれる事が多い。西洋のデザートと比べて日本のデザートは口をさっぱりとさせたいという趣向が垣間見える。

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