独創性を超えて

おはようございます!
 
毎日文章を書いています。
 
書きながら思うのは、
自分独自の考えの少なさです。
 
ほとんどどこかで見聞きした
考えの受け売りです。
 
しいて独創性を上げれば、
その考えの取捨選択くらいでしょうか。
 
でもそれで良い
という考えがあります。
 

 
ひとつは、
ジェームス・W・ヤング氏が
「アイデアのつくり方」
で書いています。
 
アイデアは新しい組み合わせである。
 
いきなり新しい考えが浮かぶのではなく、
古いものの中の組合せで
新しいアイデアは生まれてくる
と説いています。
 
だからといって、簡単ではなく、
新しい考えが必要となっている
その分野の専門知識と、
全く違う分野の広い知識が必要で、
研鑽が必要です。
 
後者の全く違う分野の広い知識は、
リベラルアーツと言い換えてもよく、
その習得は成果が見えにくいので
意識しないと身に付きません。
 

 
もうひとつは、
成果が出るには
50―100年単位の時間が必要で、
そういう世界では、
次につなぐという意識が前景化し、
自分が何を成し遂げるか
という発想が後景化していきます。
 
植林の世界がそうであり、
能の世界もそのようです。
 
能楽師の安田登さんが
「あわいの力」
で書いています。
 
新しい鼓は、毎日打っても、
音がでるまで50年かかるそうです。
時には100年。
しかし、一旦、音が出始めると、
600年は音を出し続けると。
 
気が遠くなる話です。
 
そうなると、
先人の考えを次に伝える
だけでもよいわけです。
 
鼓の音を出すのに50年と書きましたが、
子供の教育もそのくらい時間がたたないと
良いのか悪いのかわかりません。
 
今日もよろしくお願いします。
 
安島

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?