初めて握ったハンドル

初めてハンドルを握った時のことは正直よく覚えていない。

ただ一つ覚えているのは、正に初めて自分の手で電車を発車させたその瞬間だけだ。

「点灯!2番出発進行!時刻、ヨシ!制限45!」と喚呼しノッチを投入すると、軽い衝撃と共に初めてとは誰にも感じさせないスムーズさで電車が動き出したその瞬間だけは良く覚えている。スムーズってそりゃそうだ、電車は機械なんだから誰だろうが同じ操作をすれば同じ動きをする。サルが発車させたってお客さんは気が付かない。

そのあとのことは全く覚えていない。ほんと、何も覚えていない。午前か午後かの時間帯はおろか天気すら覚えていない(笑)

そのくらい必死だったのだ。

僕の師匠は「とりあえずやって覚えろ」タイプだったので、ハンドルを持ってはいけない横乗り期間(国交省により師匠の横で運転をお勉強をする時間が定められている。確か30時間。線見という)が終わるとすぐに「危なかったら言うからやってみろ」との指導下、ハンドル練習が始まった。

子供のころから電車が好きなのでよく前にへばり付いて運転を眺めていたし、なんならリアル系のゲームもマァマァやりこんでいたので少~~~~しだけ自信はあったが、そんなものは数秒で打ち砕かれた。当然ですな。

ノッチオフをする速度は安定しないし、ブレーキはもちろんガッタガタだし、師匠の指示に従いつつ速度と信号の色を意識することで精いっぱいで喚呼らしい喚呼も出来ず、モノホンのプロの世界の厳しさを思い知った次第であった。

モノホンのプロと言えば、まだまだ私はモノホンのプロではないと思っている。「あわやミス」なんて瞬間はちょいちょいあるし、「へったくそな運助だなぁって思われちゃったかなぁ」なんて瞬間はもっとあるし、「いやーかっけー!!モノホンのプロだ!!」と思う先輩方には技術どころか雰囲気の時点で遠く及んでいない。

そんな僕でも年次を重ねれば自動的に先輩になる。今朝、詰所で見習い君を見ていて思いだしていたのは、自身が見習いだった時の年次が近い先輩方の姿だ。1つ2つしか変わらないのに随分と先輩に見えたのを覚えているが、果たして今の僕は彼らにどう映っているのだろうか。

そこそこ先輩できてるのかな。

泊り明けの最後の片道、久々にフレッシュな気持ちでノッチを入れた。軽い衝撃と共に走り出す電車はあの瞬間と全く同じだ。

良くも悪くも変わったのは自分。

梅雨のはざまの青空がいつもより青かった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?