冬の運転台

私は冬の運転台が好きだ。

早朝に出区するのが嫌な季節になった。
寝起きの冷えた身体を引きずって指定された番線へ行き、バッテリーを投入してパンを上げ電車を起こす。
場所によっては1km近く歩かされるので芯から冷え切ってしまい、もちろん車内も寒いので散々である。
「温風」とか「温風暖房」とか書かれたスイッチを入れると、音の割には心許ない温風が吹き出し口から出てくるが、あったまるには時間が掛かるので諦めて下回りや車内の点検に向かう。

下回りを見ていると当然ながら下を向きながら歩くのだが、ふとしたタイミングに顔を上げると、今の季節は星や月が綺麗だったりする。
ちょっとしたご褒美。

反対側の運転台に着くと、真っ先に先ほどと同じように運転台の暖房を入れる。
車掌さんのためだ。

車掌の頃、出区してきた電車に乗り込んだ時に運転台の暖房が入っていないと、文字通り「冷たいなぁ」と思っていた。
そもそも乗務員室ドアや窓の開け閉めが多い車掌側は暖房はあまり効かない。
あまり効かないのにそもそも入ってなければ、しばらくの間は暖まる気配なぞ無く、1時間ぐらい経ってやっと「まぁあったかいかな」レベル。そしてその頃には交代駅も近づき、指先から爪先まで冷え切って「異常なしでーす」と引き継ぐ…なんてよくあったこと。

そんな昔話(昔でもないけど)を思い出しながら、室内点検に入る。
ドアや室内灯の確認の他、最近はコロナ対策で窓を開ける作業があるが、これまた何箇所もあるので地味に面倒。
その割に寒いから閉めてしまうお客さんが多く、「なんだかなぁ」と思う次第である。

室内点検が終わったらブレーキ試験などをやって手歯止めを外す。
手歯止めとは車で言う輪止めのことで、これを忘れて踏ん付けると大目玉を喰らうことになる。もっとも最近はプラスチック製なので踏ん付けても手歯止めが割れるから良いが、鉄製を使っていた時代は外し忘れによる脱線事故も起きているし、台風などの強風時には鉄製を使うこともあるので、とても重要な作業だ。
意識づけのために手の甲に「手歯止めOK」とメモって、さっきとは反対側の下回りを点検しながら前に戻る。

両数にもよるが、だいたい20〜30分ぐらいで前に戻り乗務員室ドアを開けてヨイショっと乗り込むと…よしよし良い感じにあったかい。

さっさと残りを終わらせよう。

一通りやって最後に起動試験をやって点検終了!

トイレに行って入換信号機開通を待つ。

まだ夜も明けきらぬ薄暗く静かな運転台には暖房の音が静かに響いている。EL計器灯のボヤっとした明かりがまた良い。
コタツに入ってストーブの音に耳を傾けながら寒そうな外を眺めているような、そんなゆったりとした時間。

私が大好きな時間である。

程なくして入換信号機がボヤっと開通。

控えめに気笛を鳴らすと、長い泊まり明けの始まりである。

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