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The Sauna卒業生が挑んだ『サウナ開業』の話

The Saunaのnoteについて、各方面から様々な反響をいただきました。マーケティング視点でサウナ施設の顧客戦略を分析するという筆者にとって初の試みでしたが、The Saunaが歩んできた軌跡を整理するという意味でも読み応えがあったようです。読んでくださった皆様、誠に有難うございました。

The Saunaが取り組んできた様々な施策についてフォーカスを当てましたがつまるところは「人こそが財産である」ということです。伸びる事業と組織には良き人材がいるということで、The Saunaを志す人がどのような動機で働いていたのかが気になりました。折しも、The Sauna卒業生が今月新たなサウナを立ち上げるということで、彼らに話を伺いたいと思ったのです。

そこで今回は、The Sauna卒業生の2名が紡いだ物語に焦点を当てていきます。筆者のnoteでは珍しいロングインタビューの形ですが、The Saunaに興味がある方、サウナで働きたい方、サウナを開業したい方、サウナで地域を盛り上げたい方に至るまで、あらゆるサウナ人にきっと何かの気付きをもたらす筈です。ぜひ彼らの生き様から熱の源泉を感じ取ってみて下さい。


The Saunaヘルパー時代の話を卒業生に聞く

インタビューに際し、京都府京丹後市でサウナの立ち上げを行った2名の方にお話を伺いました。まずはThe Saunaの初代ヘルパーとして従事されていた足立キリさんに、どのような流れでThe Saunaで働くことになったのかをお話頂きます。現在は京丹後「-蒸- 五箇サウナ」の運営をされています。

「The Saunaのヘルパーになったのは2020年の10月からです。そこから翌年の4月まで、およそ7ヶ月ほどサウナ番をやっていました。元々は東京の広告代理店で働いていたんですが、実は身体を壊してしまい… そこから健康意識が芽生えて筋トレをしたり、友人からサウナを勧められたり。そこでめちゃくちゃ、サウナに目覚めました」

「2020年のコロナ期に自宅で過ごすことが増えて、良い意味で自分の時間ができたんです。精神的余裕もできたし、時間的余裕もできた。そしてサウナにハマったということで、その年の8月頃に友人とThe Saunaに初めて行きました。その時に物凄く感動的な体験をさせてもらって、アウトドアサウナすげえ…!って感銘を受けたんです

そこでキリさんは思い切った行動に出ます。初めて訪れたサウナ施設であったにも関わらず「ここで働けませんか?」とスタッフに直談判するのです。(当時キリさんがLAMPに送ったメッセージを以下、許可を得て掲載)

「アウトドアサウナの感動、これは世の中にもっと広めた方が良いなって感じて、気付いたらここって働けないですか?ってスタッフに聞いてましたね。すると当時のスタッフがヘルパーって制度あるよって教えてくれたので、仕事辞めるんでまたお世話になりますとお伝えして、その日は東京に帰ってきました。メッセージした後はいつから働けますとか、どんな条件ですとか、働きたいと申し出た後は割とスムーズだったと思います」

「実は広告代理店は違うなって薄々感じてたんですよ。その時は28になった年で、チャレンジするならこの年齢が頃合いだと思い、やっておきたいことをここでやらないと死ぬ時に後悔するなと。The Saunaを体験した時に、スイッチがぱちんと入った感覚があった。当時アウトドアサウナと言えばThe Saunaが唯一だったと思うんですけど、その時の感動が今でも忘れられないですね」

現業で感じていた違和感とアウトドアサウナの体験で感じた直感がつながり即行動。その直感は誤りではなかったことをキリさんはのちに証明します。

「10月からヘルパーとして働き出した時の最初の印象は、やべえところに来たなと… やばい風貌の人が一輪車で薪を運んでて地下労働のような雰囲気が凄かったです。この人スタッフの人かなぁ?と思っていたんですが、まさかのカジさん(※後述)でした。僕はというと、ヘルパー初日からめちゃくちゃサウナ番をやりましたね」

「野田クラクションべべーさん(以下べべさん)から直に色んなことを教えて頂いて、サウナづくりで学びたいことを学べました。ヘルパーの仕事はめちゃくちゃ楽しかったです。やったことがないジャンルなので当然苦労はありましたけど、感銘を受けたアウトドアサウナの原体験からぶれてない、この道で間違いないと思ったし、俺この仕事向いてるなって思いました

「アウトドアサウナを仕事にする魅力って、自然に触れられるという要素ももちろんありますけど、何よりお客さんがうわぁ、めっちゃいい!と直に言ってくれて、お客さんに体験価値を提供できているなと実感できていることだと思うんです。実は広告代理店の前にメーカーで働いていて、たまに家電量販店の店頭に立ったりしたことがあるんです。直にお客さんと会話して商品が売れたりとか、満足してもらえた経験がとても楽しかったんです」

水を得た魚のように、働くことのやりがいを見い出していくキリさん。The Saunaはどのような職場だったのかについても、話を聞いてみました。

「最初の頃のLAMPは今みたいにスタッフが多かった訳ではなくて、お昼時はLAMPのメンバー全員で食卓を囲んで和気あいあいとしている感じで、それが当時の空気感としては印象的でした。ヘルパー生活の後半は、現支配人のべべさんがLAMPのカルチャーづくりやサービス業がなんたるかを掘り下げるようになりましたね。120%の体験価値を提供しないといけないとか、清掃が命とか、次のフェーズに移る過渡期だったと思います」

「実際に僕も社員として働かないか?ってお話を頂いて、LAMPは良い職場だし僕の好きなメンバーもいっぱいいたし、楽しいかなって思ってたんですが、僕は僕なりの世界観を以てやっていきたいなと思ったし、結果的に卒業するという決断をしました」

「世界観というのは、もともと両親が個人事業主で、自分を表現しつつ世の中に価値を提供していく仕事って面白そうだなって。喫茶店の控室や雑貨屋の事務所で、たばこ吸いながら大人たちが仕事の話をしているのをみて、小さい頃からそういう姿が格好良かったんです。京都という土地で育って、自分の中のかっこいい大人像を追いかけるのもオツだなと思って

The Saunaで働く環境は居心地が良かったけれども、人生の解像度が上がるにつれ、結果的に外に出るという決断をしたキリさん。己にとってのアウトドアサウナを突き詰める舞台を、長野から京都へと移していきます。

京丹後でアウトドアサウナをやると決めた

「僕のルーツは京都なので、アウトドアサウナをやるなら京都でやるというこだわりがありました。僕がThe Saunaではじめて味わった感動体験を、京都の皆さんにも味わってほしい。いわばその体験を京都の人にも味わってほしいから、アウトドアサウナを京都でやるんだって想いがありましたね」

「実はヘルパー時代の頃から休暇の合間を練って、京都の土地をあちこち巡っていたりしました。車であちこち巡ってここでサウナができたら面白そうって候補はあったんですけど、やっぱりその土地のツテがないと難しいなっていう感じて、あんまり成果が得られなかったんですよ。そこにどう入り込むかもわからなかったからアプローチを変えて、SNSでめちゃくちゃDMを送りまくってました」

そこでキリさんは持ち前の思い切りの良さを発揮し「京都 移住 面白い」とSNSで検索し、面白そうだと感じたアカウントにDMをする試みをします。

「すると "ローカルフラッグ" という与謝野町でビールを作っている会社と話ができて。お話を伺ってみると京丹後エリアが面白いと。移住者も増えていて面白いプレーヤーが沢山いる印象でした。そしてしばらくするとキリさん、サウナやりたい人いましたよねって、紹介頂いたのが "よしおかクリニック" 院長の吉岡直樹さんです。そして実際に京丹後でお会いをしました」

「お医者さんと聞いて、めちゃくちゃ年上の人が出てくるかと思っていたら、若い方が出てきて驚いたのを覚えています。ご飯を食べながら色んな話をして吉岡先生はなんでサウナやりたいんですか?と伺ったときに、人を温めると温熱療法に繋がりそれが予防医療に繋がるというビジョンと想いを熱く話されていたので、それがなんかいいなぁと思った記憶はありましたね」

「実は吉岡先生にお会いする前にも、何名かの方にお会いしてたんですよ。だけどなんか空きスペースがあるからサウナがやりたいとか、それこそビジネスのためだという方も中にはいて。もちろんビジネスとなるのは大事なことなんですが、でも吉岡先生は対照的で、この人はただお金稼ぎのためにやっている人ではないんだなという予感がありました」

「京都出身で友人でもある片岡大樹さんの後押しもあり、アウトドアサウナをやるなら京丹後が良いと思って移住を決意しました。丹後半島は海や山の自然が豊富だし、良い意味で大手資本の政治が入っていないから面白い。でも直感で選びましたよ。地域の良さって色々あるけれど、最終的には面白い人たちが集まっているかどうか。それが決め手になりましたね」

LAMPでヘルパーとして働き始めた頃から、京都でアウトドアサウナをやることを思い描いていたキリさん。それからおよそ10ヶ月ほどで夢が目標へと変わり、移住に向けた準備とプランを具体的するフェーズに入ります。

「京丹後でサウナを作ると決まり、具体的にどんなサウナを作るかを吉岡先生と話しました。僕は元々アウトドアサウナがやりたくて、吉岡先生は施設型のサウナがやりたかった。すると吉岡先生から施設型のサウナもだけど、キリ君アウトドアサウナやっていいよとおっしゃってくださったんです」

「京丹後にいきなりサウナが2つ。リソースが限られている中でどうやって運営するかが課題だなって思いました。これは仲間を集めなければいかんと思って、一番最初に思い浮かんだのがヘルパー初日にヤバい風貌だった、カジさん。まずは彼に声をかけてみようって連絡してみました

京丹後へ移住を決めたもう一人の静かな覚悟

「2020年にコロナが流行する頃からIT業界を辞めて、ニートを半年間やりました。とにかく暇でなんかアクションを起こしたかったんですが、The Saunaはもともとめっちゃ行ってみたかった施設だったんですよ。ただ当時はサウナ友達もいなかったですし、車とかも運転できなかったので行く機会ねえな…ってモヤモヤしてたんです。でもある時ヘルパー募集のツイートをみてこれだ!と閃きましたね」

ヘルパーとして応募したらThe Saunaにめちゃめちゃ入れるじゃん、っていう。The Saunaには行ったことはないけど、この方法であればThe Saunaのサウナにめちゃめちゃ入れる。サウナを作るためにヘルパーになりたいという高尚な目的もなく、The Saunaに沢山入れて最高というのが動機でした」

ヘルパーに応募した動機そのものがクレイジー、一度も訪れたことさえない施設でいきなり働くことを考えたカジさん。彼のサウナ人としての目覚めもまた波乱万蒸そのもの。そんな彼はLAMPの生活をこう振り返ります。

「ヘルパーとしてThe Saunaに毎日入れるという夢は叶えたものの、サウナ番はやっていなくて、ゲストハウスのお仕事をしていましたね。でもヘルパーは無給なので、1ヶ月で貯金が尽きそうになり、じゃあ帰りますって言ってヘルパーを辞めました。もう1回東京に帰って再就職しようと思って」

「いざ東京に帰ったはいいものの、再就職に全く身が入らなくて、結局1社も応募せずに終わりました。もともとIT業界で出世していくっていうのは、自分の人生としてやりたいことではないから辞めたのに、再就職というのは自分にどうしても合わなくて。そこからまたニートに逆戻りして、友人の家に居候をしてましたね。それぐらい、ギリギリの生活をしていました」

「でもサウナは好きだったのでヘルパー時代にサウナ友達ができて、そのご縁でサウナタウンでテントサウナのバイトをやる機会に恵まれました。そしてキリから、京丹後でサウナ作るから来ない?という声掛けをもらいました。その時の自分はどうだったかというと、サウナで食べていける訳でもなく、だけど、どんどん貯金が減っていってどうしようって悩んでましたね」

しかし東京で働いていた人間が、見ず知らずの地方へ移住となると抵抗感は大きいかもしれません。その点はカジさんも例外ではありませんでした。

「サウナは正直自分の中では逃げ場というか、仕事などで辛くなった時の駆け込み寺って感じだったんです。仮にサウナを職業にしてしまった時に、仕事の負の部分も見ないといけないというか、サウナがリラックスできない状態になるのはめちゃくちゃ怖かったんですね。サウナで食べていくという覚悟はなかったです。だからキリから誘われた時も二つ返事で移住するとはならなくて、一度京丹後を視察して、まず様子を見てみようってなりました」

「その京丹後を訪れたタイミングが凄くて、銀行融資を受ける上で支店長クラスの方にテントサウナで温浴のポテンシャルを伝えるとても重要な日だったんです。でもその日は風があって、万が一事故が起こったら銀行融資絶対降りないですよね?って、2基あるうち風に弱い方のテントサウナ設営を止めたのが、良い判断だったみたいで。テントは風に弱いとか火の扱いとか、サウナタウンで色々学んだからこそ、その判断ができたんだと思います」

「もともとThe Saunaでサウナ番はやっていなかったので、テントサウナについては自分なりに四苦八苦しながら、でも最終的には自分1人でテントサウナを回せるようになりましたし、サウナタウンでテントサウナの知見を結構得られたんですよね。そしてThe Saunaのような小屋サウナの火入れとはまた対応が異なるので、この点に関してはキリよりも私の方が、テントサウナの運用知見を備えていました」

「そして、その様子をみていた吉岡先生が激烈に認めてくれたんですよね。カジさんあの判断すごく良かったねって、優秀な人材だからぜひ京丹後に来てくれってお誘いを頂いて。ずっとニートで社会から隔離されて、職能が求められていなかった状態だったところを認められて、それがめちゃくちゃ嬉しかった。自分としてはそこでようやく決意が固まったんですよね

The Saunaで火入れさえやっていなかったのに、サウナの運営スキルを仕事として評価された。サウナを仕事にすることに抵抗があったカジさんが思い込みを乗り越え、サウナで人を温めるやりがいに目覚めた瞬間でした。

「京丹後に移住するまでの1年半は、まるでわらしべ長者のようでしたね。The Saunaで仲間ができて、次にテントサウナの知見を手に入れるイベントを手伝って。そこでテントサウナの知見を手に入れて吉岡先生からも認められるパフォーマンスを出すことができました。The Saunaでサウナ番をやっていなかった自分が認められる日が来るのは、想像できなかったです

テントサウナの出張回数は日本一かもしれない

京丹後へ移住し、彼らが最初に始めたのはテントサウナの取り組み。その頻度は多くて3日に1回。それだけの高頻度でテントサウナ出張を行った彼らを突き動かしたのは何だったのか、当時の状況について話を聞いていきます。
(テントサウナの考え方などは、以下noteも参照頂けると幸いです)

~キリさん~
出張スタイルなら、テントサウナを日本一やったという自負はありますね。でもなんでそれだけやろうと決めたかというと、京丹後でアウトドアサウナを体験したことがある人が皆無だった。普通のサウナと何が違うの?アウトドアサウナってなに?3,000-4,000円取るのっておかしくない?というのが最初の印象で、これはカジさんとまずいなって話になって」

「それぐらいのお代を頂かないと事業計画上は上手くいかない。幸い、吉岡先生がテントサウナと運搬用の社用車を購入頂けるということで、それからはめちゃくちゃ出張をやりましたね。京丹後エリアがメインで、今日ここでやりますって周りに告知して、集客は吉岡先生にもご協力頂き、キーマンとなりそうな方をご紹介頂いて、それでなんとか回していました」

~カジさん~
「もともと京丹後は温泉文化で、サウナは施設についているおまけみたいな認識だったんです。そのイメージを刷新するために、サウナはおまけじゃなくて主のコンテンツになりうるんだよっていうのを伝えたかったですし、僕らは施設が出来る前にサウナの魅力を知って頂かなくてはいけなかったので、テントサウナイベントを沢山やりました」

「だけどテントサウナはやっぱり頻繁にやるもんじゃないなっていう・・・ガワとしてはすぐぼろぼろになりますし。あとテントサウナって参入障壁めっちゃ低いんですよ。全国でサウナイベントをやっている事業者も多いので、テントサウナはあくまで施設ができるまでの繋ぎという感じですね」

~キリさん~
「テントサウナはやっぱり僕らが体験したアウトドアサウナとは違うねって話をカジさんとはしていて。もちろんその中で色々、蒸気を作る工夫とかはしていたんですけど、ちゃんとホンモノを提供したいよねって話はしてました。毎回設営とか撤去をやるのはしんどいけれども、テントサウナの延長線上にこれから開業する施設があるなという、そんな思いでやってましたね」

「改めて思うのは、テントサウナをやって来てくれたお客さんが、開業後の施設にリピートで来てくださるんですよね。あの時にキリくんカジさんがやってくれたからハマっちゃったよという人が多くて。あとよく言われたのはカジさんがいいねって。蒸気は仮のものでも、サウナ番としての語り手がいるから面白いとも思われたし、その根底にあるのはやっぱりサウナが好きで、最高の体験を広めたいという思いが強かったんだと思います」

~カジさん~
「思いのほか計算外だったのは、テントサウナは人が人を呼んでくれて、協力してくれる人が出てきたんですよ。うちの土地でいい川あるけど、そこでテントサウナやったらいいんじゃない?っていう話が繋がって、テントサウナ基点であれこれ話が広がっていった、というのはありますね」

サウナ開業の過程で特に苦労したところは

高頻度の出張テントサウナで京丹後の方々にアウトドアサウナを広め、いよいよ本来の目的である、サウナ開業に向かって準備を進めていきます。しかし開業の過程で苦労はつきもの、この点についてもお話を聞いてみました。

~キリさん~
「色々ありますけど、まず思い当たるのは地域の人への理解ですね。ある時、周りの集落で騒がしくされたくない時にサウナイベントをやってしまって。そのことが地域の区長の耳に入ってしまい、人が住んでいるところで事業をやっていく難しさを実感しました。バランス感覚がめっちゃ大事やなと思って、僕らがやることを近隣の人に説明しないといけないと思いました」

「それから一軒一軒、近隣の住居を回って僕たちがやっていることを説明しましたね。結果、何名かの方はたまに車でいらして、サウナやっとるんか?と声を掛けてくれます。たまに野菜などのお裾分けも頂いたりとかして、いい感じに絡んで頂ける方が増えました。でも中には反対の方もいらっしゃると思いますよ。まだ僕らが認識できていないだけで、でもそれを全て賛成意見に変えるのは至難の業なので、やれる範囲から地道にやっています」

「ハード面では予算がシビアでしたね。アウトドアサウナの予算で確保できたのが300万円ぐらいで、その予算内でサウナを作って水回りもやるとなると大変でした。だけど制約がある分、何も整っていないことの余白づくりがそのままコンセプトになりましたね」

「言うなればThe Saunaも元々は完璧ではなくて、今でこそ完璧に近付いてますけど、当時はまだまだ。なんやこれ?って感じでした。でも逆にそれが面白くて、場に馴染んでいるというか、原始的な体験が面白かった。僕もそういうのはしたいなぁって思ってたんで、あんまり綺麗すぎるのはやめよう
と。いきなり人工物的なものがドーンって来ちゃうと違和感が出ますし」

~カジさん~
「京丹後に移住してからは、はじめてのことが多くてしんどかったです。例えば仕事内容だともともとエンジニアだったので、銀行融資を通すための資料作りとか当然やったことないですし、エクセルとかは触れますけどワードは全然でしたし…一方でエンジニア時代に培った経験も役に立っていて、それこそIT周り、ホームページを作るとかは意外とすんなり出来ましたね」

「それと、個人的に大変だったのは逃げ場作り。自分の逃げ場だったサウナを仕事にしてしまったので、次の逃げ場を作るのを現在進行形で試行錯誤してます。今思い当たる逃げ場は、コミュニティスペースで京丹後の皆さんと話すことですかね。色んな人たちと話していると癒されますよ。一方でコミュニケーションに関しては意外と大変に感じることがなかったですね。あらためて感じたのは自分、人と話すのが好きだなって

「人前で何かをプレゼンテーションするのは、移住してからだいぶ磨かれました。エンジニア時代は人前で何かを発表するとかはなくて、だから丹後に移住したての頃はまだたどたどしかったと思うんですが、今はすらすらと言葉が出てきて、私ってこんなに喋れるんだっていう。こんな風に自分が変わることができたのは、自分を変えたかったという想いもありますけどね」

「カジと名乗ったのは一つの決意があって、ニート時代の堕落した自分があんまり好きではなかった。だから過去の自分とは決別して、新たな自分になりたかったというのはありますね。あとは周りの人が私をいい感じに料理してくれて、そしてキリがそういう面をポジティブに発信してくれて、感謝してます。自分の不安定さは捉えようによっては注目されやすさに繋がりますし。日本語の "面白い" も、英語に訳すと "Unique" とか "Funny" になる」

サウナ開業で意識した施設の価値づくりとは

2022年11月。キリさんは「-蒸- 五箇サウナ」の運営者として、カジさんは「ぬかとゆげ」のコアメンバーとして、サウナ施設を京丹後で開業します。しかし新しいサウナ施設が毎月のように、全国に誕生する昨今。サウナ施設として選ばれる理由、顧客へ何を価値提供していくのか、お話を聞きます。

~キリさん~
「The Saunaにいた時に、べべさんとサウナ番をしながら話をする機会があって、差別化できないものってやっぱり動かせないものだよな、というのを話して。動かせないものというのは風土や文化とか、ロケーションとか長い時間をかけて出来たものは動かしにくいですよね。僕個人的にも地方でやるという想いがあったし、事業戦略的にも他社と差別化できるという。だからこそ、やるならまずローカルでやると決めていました」

ハード面で差別化するのは無理で、一番の提供価値は人であるという話を、べべさんよくされていましたね。ハードで差別化するのは、追いつき追い越せのいたちごっこのような感じになるんでしんどいなぁと。だからハードではなくソフト面で差別化していこうというのはめちゃめちゃ考えていましたね」

「サウナでこだわったところは、僕はThe Saunaのユクシにドハマりした人間なのでユクシのような、サウナ室内が暗くて自然光だけで灯りを照らすような空間、これは自分がサウナをやる時に絶対にそうしようと思っていました。それと京都という文脈があったので、京都のお堂のような内装にしようと。昔の京都の人はべんがらという赤い塗料で、建物を色付けてたんです」

「僕はべべさんに、こんなサウナが作りたいんですよねって話したことがあって。茅葺きの小屋で日本の原風景がわかるサウナを作りたいんですって話していたことを思い出したんです。それがついこないだなんですけど、そういえばここ、茅葺きやんって。物件を選んだときは意識してなかったんですけど。当時言っていたことが結果的に実現してるやん、って気付きました

価値づくりでいうと、物事には順番があると思っていて。僕らはこの街が長い年月をかけて出来上がって、そのあとにお邪魔させてもらってるんで、その土地に馴染まないといけないんですよ。それが逆に、全然違う毛色のものを作っちゃうと、その街自体の景観とかも壊しちゃうので、だからその辺は意識してやってますよね。異物すぎないというか、なじみ具合というか」

「そのためには施設がローカルとコミュニティのハブになること。外から来た方にはサウナはもちろんですけど、京丹後って面白い場所なんだなというのを知ってもらうきっかけ作りをしたい。その面白いと感じる要素の中に、僕は京丹後の人を入れたいんで。まちの銭湯機能があるサウナ屋さんとして、人々が交わる接点になれば良いですね。だから地元の人が集まる企画を週1でやりますし、どんなに繁盛してもこの企画は続けようと思ってます」

~カジさん~
「京丹後は以前よりも今の方が面白くなっていると思いますし、今よりも3年後の方が、もっと面白くなっているという予感はあって。もちろん、地方だから人口自体は減っているんですよ。あと外に出た人が地元に戻ってこないという問題とかはあるんですが。それでも面白い人が集まってきてるし、コミュニティスペースがちゃんと機能してして、明るい雰囲気はありますね。だから移住してみて、あらためて京丹後ってすごい街だと思いますね

「価値づくりでいうと、京丹後でサウナのポジションに座れたのは大きいと思っています。挨拶の時にサウナの人!噂は聞いてましたって感じで打ち解けられますし。これがもし都会でサウナの人となると、色んな人がいて埋もれちゃうかなと。でも地方ではその席ってまだまだ空いていて、それで京丹後といえば我々であるというポジションを作ることができた。都会で何者にもなれなかった人間が地方にピボットすると何者かになれた、みたいな」

サウナ開業を考える人にアドバイスするなら

はじめて訪れる土地で、サウナ施設を開業するのは並大抵ではありません。サウナ開業をやりきった彼らには、彼らにしか見えない景色があるはず。次のサウナ開業を考える方へアドバイスするなら、というお話を聞きました。

~キリさん~
「アドバイスとしてまず思い当たるのは、お客さんがサウナにどう入ってどう感じるのか、という情報に敏感になっておくのは結構大事かなと思います。たとえば都会から来るお客さんを癒したいとなったら、移動で1-2時間圏内の立地の方が良いってなるし。その場合はじゃあこういう施設にしなくてはいけないよねとか、施設の思想に全て繋がるんですよ。サウナに入るお客さんにどうなってほしいか、突き詰めると軸はぶれないと思いますね」

「あとは、一度はサウナの提供側に立った方がいいかもしれません。施設のバイトとか、自分でテントサウナのイベントをやるとか。そういうのでも全然良いと思いますよ。サービスを受ける体験と、提供する体験は全然異なるというリアルが知れるから。人が入ったシャワー室の掃除とか、ごみを手づかみで触るのは嫌だなとか、そういうのもひっくるめて全部ですね」

「それと実際にサウナを運営している人と話すというのは、できるならやった方がいいと思います。決して表に出ないリアルを知ることは大事で、そういう意味では一番最前線にいるのが彼らじゃないですか。そのことを知れるということは大きいというのと、自分自身がモチベーションを維持するためにも、そうした方がいいですね」

サウナ単体では儲からない、ということも含め、サウナやっていると無理だなって思えることも沢山あります。だから環境って、めっちゃ大事やなと思ってて。そういう人達と繋がれると不思議といけると思える。その意味で連絡を取れるようにしておくことはモチベーションを維持する上では大事。僕もべべさんやカジさんがいたから頑張ろうって思えましたし

~カジさん~
その土地の歴史とか文化や風土。サウナを作るならそういったところに着目してほしいですね。要はそこって、簡単にコピーできないところでもあるので。サウナがものすごく熱いとか、水風呂が2mで深いとか、そういったハードの部分は、都市部で簡単に真似できてしまうので。だからこそ、ハード面の掘り下げを地方でやっても難しいというのはあります」

「私の場合、わらしべ長者の例えがそうであったように、チャンスが目の前にあるなら、思い切って飛び込んでみると意外な方向性に転がったりするんで、実はやってみた方がいいですね。恐れやリスクを考えてばかりで、要は結局自分がびびってるだけじゃねみたいな。だからこそ自分がビビってる機会やパターンを目の当たりにしたら、むしろ逆説的に、実はやった方がいいよっていうメッセージでもある気がします」

最後にまとめ

The Sauna卒業生が挑んだ『サウナ開業』の話、いかがでしたでしょうか。彼らが歩んできた軌跡には、サウナを開業する上で意識したいこと、新しい気付きが数多くあったかもしれません。最後に本noteのまとめを記します。

-目の前にチャンスがあったら、迷わず飛び込んでみる思い切りの良さが大切。その思い切りの良さに周囲が味方し、そして次のチャンスもやってくる

-自分の向かっていく行く先について、正直になること。キャリアのべき論に縛られることなく、やりたいことやなりたい姿について常に自問自答し続ける。そして行動するのを止めないことで、未来の解像度が上がっていく。

-1人で取り組む範囲と、パートナーと一緒に取り組む範囲を意識すること。1人で大きなことは成し遂げられない。誰と一緒にやるかも深く検討する。

-サウナを開業する前に見込み顧客にアプローチする。もしもいないとしたら、アウトドアサウナなど新しい提供価値をつくり、とにかく量をこなす。

-地方でサウナに取り組む際は、物事の順番を意識する。差別化できないのは動かせないもの。その土地の歴史や文化や風土、そこに住む人も含む。

彼らの物語はまだ始まったばかり。現在進行形で施設を運営し、京丹後という土地に根を張っていくことでしょう。京丹後のサウナ施設まで足を運び、彼らが紡いだ物語に直に触れてみて、できることなら彼らと話をしてみてください。もしかしたらそこから、あなたの物語が始まるかもしれません。

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