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自#166|ワイルドサイドをほっつき歩け・・・その③(自由note)

 レイの最初のガールフレンドが妊娠したのは、レイとGFが幾つの時なのか、書いてません。が、遅くても二十歳、早ければ、16、7歳くらいの頃だったと推定できます。「ワイルドサイドをほっつき歩け」には、妊娠中絶したと云う実例は、一ケースも書かれてません。結婚してなくても、10代でも、普通に産んでいます。「ゆりかごから墓場まで」の福祉政策が、100パーセント機能していた頃は、未婚の10代の女性が子供を産んで、シングルマザーになっても、国や地方公共団体のケアや、地域のコミュニティ、家族の支えなどもあって、どうにか子供を育てて行けたんだろうと想像しています。

 私は、レイたちとほぼ同世代で、中学時代はやはりヤンキーでした。私自身は、子供ができると云った面倒な恋愛沙汰に関わったことは、一度もありませんが、周囲には幾らでも、そんな実例はありました。四国の田舎のいろいろ終わっちゃっている辺鄙な世界の中で、若者がすることは、車に乗って、sexすることだけ、みたいなとこは、まあ確実にありました。当時の日本の福祉が、どの程度、充実していて機能していたのかは解りませんが、10代ですと、大半は妊娠中絶していました(教師になって遭遇した実例も、傾向は同じです)。10代のヤンキーなboy&girlたちは、今も昔も沢山いますが、子供を産むのは、ごく少数です。日本だって、産めば、どうにかこうにか、育てられますが、自分自身の人生が、激変します。これは、アメリカの場合も同じです。福祉が充実していた頃のイギリスのboy&girlたちは、さほど人生を激変させないで、子供を育てる(あるいは施設で育ててもらう)ことができたので、妊娠中絶の実例は、日本やアメリカに較べて、割合がはるかに少なかったんじゃないかと、推測できます。未婚の男女が子供を産んだり、離婚をしたりするstigmaが低いと云った風なことが、本の中でも書かれていました。

 レイの最初の子供(男の子)は、すでに40代です。ワルの子供はワルになると云うスタンダードなコースから離れて、底辺社会から浮上して行く優秀な若者(実例は限りなく少ないとは思いますが)も、多少なりともいます。レイ自身「俺の子どもたちの中では、例外的な出世頭」だと形容しているんですが、できのいい息子でした。当時は、大学の授業料が無償だったので、貧困家庭の子供であっても、努力すれば、高等教育を受けることが可能でした。残念ながら、今は、たとえ優秀であっても、何百万円も借金して、大学に通うことになります。日本の学生支援機構の奨学金も、理屈は同じです。月に10万円借りるとしたら、大学卒業時点で(利息を除いて元金だけで)500万円近い借金を背負ってしまうことになります。一部上場企業の正社員にならないと、500万円の借金は、容易には返せません。このご時世、大卒の誰もが、一部上場企業の正社員になれる訳ではありません。親のサポートが期待できない若者は、大学に行くメリットと、借金を背負うデメリットとを、冷静に比較勘案する判断力が、大学を目指すスタート地点で、求められていると言えます。レイは「あいつの時代は、大学授業料が無料だったんだよ。階級上昇の可能性を持っていた最後のワーキングクラスジェネレーションさ」と、語っています。この発言から、大学授業料の無償化が廃止されたのは、2010年以降の保守党の緊縮財政の結果ではなく、90'sのサッチャー政権時代の置き土産だと云うことが、理解できます。

 レイの息子は、レイのパートナーのレイチェルよりずっと歳上で、ドイツ系の銀行で働いていて、行内で知り合ったオランダ人女性と結婚し、ドイツで暮らしています。が、まあブレグジット前のイギリスとドイツには、国境の概念が存在してませんから、東京と大阪で暮らしているような生活感覚でした。ブレグジット後は、息子が父親にクリスマスに会いに来るのも、その逆のケースでも、ビザが必要になります。レイの場合、昔、暴動に参加してたり、あるいはマリファナ所持で逮捕されたりと云ったことは、普通にありそうです。その場合、ドイツ国の入国ビザは、発行してもらえません。たとえば、フーリガンの多くも、大なり小なりの犯罪歴はあるでしょうから、欧州リーグ戦の時、ベルリンやジュッセルドルフに乗り込んで、大暴れすると云ったことも、もう簡単にはできなくなってしまいます(もっとも、そんなことまで考えて、離脱を決めたわけでもないと思います)。

 ブレグジットは、客観的に見て、イギリスに取って不利益な選択です。父親が離脱に投票して、家族関係がヤバくなっているとレイチェルから知らされて、息子は父親のケータイに電話をかけ「いい歳をして、離脱に投票するなんて、どうしてそういう分別のない行動を取ったのか、いい加減にして欲しい」と、説諭します。レイは「あいつは大学出のエリートで頭がいいから議論に勝ち目はなくって、なんか一方的に怒られてるって感じ」とぼやきます。

 離脱投票直後の混乱状態は、ニューズウィークのような週刊誌を読んでいても、理解できました。英国政府もメイ首相も、どうすれば良いか解らないと云った様子に見えました。結局、メイ首相は、政権を投げ出し、現、ジョンソン政権が、ブレグジットを断行します。

 ブレグジットと云う国の政策については、レイが、今さらどうこうできることではありませんが、せめて家庭内の平和だけでも保とうと、レイは、peaceと云う意味の漢字のタトゥーを彫って、家庭内の平和を維持したいと云う決意宣言をすることにしました。身体を張って、何かアクチュアルな、できることを示す、如何にも元ワルの考えそうなプランです。で、レイはタトゥーを彫ります。その写真を、ブレンディ夫妻に、メールで送って来ます。「Rachel likes it.」と云うキャプションの付いた写真を、みかこさんが見ると、彫った漢字が間違っています。「平和」と彫るべきなのに、何故か「中和」になってしまっています。中和でも、意味は通らなくはないんですが、中和=peaceでは、ありません。中和=neutralです。ネットで検索した漢字に間違いがあったと推定できます。が、まあそこは忖度して(イギリスで暮らしていても、忖度はもちろん必要です)みかこさんは、特に何も言わず、黙っています。

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