資金計画

ポスト住宅双六時代のマイホーム取得|資金計画の言説戦略

サラリーマンのお父さんがお給料を家に持ち帰り、そのお給料で主婦のお母さんは家計のやりくりをしつつ教育ママとなり、子どもはいい高校、いい大学に進学していい会社に就職すべく学校に通う。そしてその子がやがて親になりサラリーマンとして働きつつ、お給料を家に持ち帰って・・・。

〈仕事〉〈家族〉〈教育〉という3つの領域が緊密につながりって回転する「戦後日本型循環モデル」(本田由紀)が破綻しつつある「現代住宅双六」終焉後の現代日本社会。その歪みが「空き家問題」や「住まいの貧困=ハウジングプア」といった、人と住まいのミスマッチにつながっています。

そんな状況にもかかわらず、一生に一度か二度、個人の買い物としては最高額となる「郊外庭付き一戸建て住宅」の新築・販売は、依然として住宅産業の主力サービスであることは揺らいでいません。

こんなに先行き不透明な時代にあっても、人生最大の買い物へと踏み切れるために、いったいハウスメーカーはどんな促しを住宅購入者にしてるのでしょうか?

資金計画を下支えする技術

ハウスメーカー各社によるパンフレット類は、総合、商品、技術、実例などなどで構成されています。

そのなかに「お役立ちカタログ」と呼ばれるジャンルがあります。たとえば住まいづくりのプロセス、土地の選び方、環境への取り組みといった読み物などが属しますが、なんといってもメインなのが「お金」に関するもの。資金計画や税金対策についてアドバイスする内容です。

各社それぞれに資金計画系「お役立ちカタログ」を準備していますが、なかでも注目されるのがセキスイハイム(積水化学工業)の『家づくりの赤本』。いくつかの留保(後述)をつけた上ではありますが、とてもよくできた冊子だと思います。

2013年に発行されて以降、毎年改訂されて2018年版が最新版となります。2013年版から2015年版までは毎年大幅に改訂されていましたが、2015年版以降は方向性が定まったとあって大きな改訂はみられなくなりました。

さて、そんな『家づくりの赤本』の内容ですが、そこでは「なぜ戸建てか?ライフプランとは?」(2013年版)といったものから、「家を建てない、買わない理由」を列挙しながら、それら不安材料を一つ一つを覆していくもの(2014年版)、具体的(しかもかなり深刻)なケース毎に解説策を提示するもの(2015年版以降)など多岐にわたっています。

その際に援用される技術がファイナンシャル・プランニングです。一企業のセールスではなく、公平なアドバイスとして住宅取得を促しています。当然に『家づくりの赤本』の監修者も、肩書きはファイナンシャル・プランナー。

人生の夢や目標をかなえるために総合的な資金計画を立て、経済的な側面から実現に導く方法を「ファイナンシャル・プランニング」といいます。ファイナンシャル・プランニングには、家計にかかわる金融、税制、不動産、住宅ローン、保険、教育資金、年金制度など幅広い知識が必要になります。これらの知識を備え、相談者の夢や目標がかなうように一緒に考え、サポートする専門家が、FP(ファイナンシャル・プランナー)です。

出典:日本FP協会ホームページ

教育資金や老後資金もちゃんと確保しながら住宅資金を用立てる。今では当たり前ですが、ファイナンシャル・プランニングを援用したり、住宅営業マンのFP資格取得が推奨されるようになったのも、ここ十数年の動きです。

かつての資金計画といえば、営業マンが金利表を片手に電卓たたいて「どれだけ借金できるのか」を計算するものでした。そこでは住宅新築にかかわる資金のみがフォーカスされ、人生全体で必要となる資金なんぞは眼中にないものだったわけです。そういえば、あの悪名高き「ゆとり返済」もそんな時代のシロモノでした。

精緻化する計画、動員される資金

「現代住宅双六」崩壊後の家づくりを成功させるために、調達できる住宅資金を最大化することが重要となるわけですが、『家づくりの赤本』でも、人生三大支出の一つである住宅資金を最大化させるための諸方策が示されることになります。

ファイナンシャル・プランニングが用いられるようになった現在は、かつての「どれだけ借金できるか」に注力する大ざっぱな資金計画に比べると随分良心的にみえます。

でも、落ち着いてその資金計画を眺めてみると、収入・支出・貯蓄の細かな項目に至るまで全てを資金計画のまな板にのせ、家計の診断を通したムダの削減、支出の圧縮が求められていく根こそぎ動員であることに気づきます。

さらに教育資金・老後資金などがいつどのようにいくらほど必要となるのかをシミュレーションすることで、過不足なく住宅資金を確保することができます。

ファイナンシャル・プランニングという方法と、コンピューター・シミュレーションという技術が、全ての対象を計画実現のための資源へ動員し、徹底してムダを削減していく。その様子は、なんだか戦時動員を連想させる気もするほど。

戦争は、この意味で、正しいものと正しくないものとを率直に篩い分け、国家の前進にとって役に立つものと役に立たないものとを仮借なく区別した。これは平時の経済社会の到底なし得ない、ただ戦争という巨大な出来事のみがなし得たことである。合理的なものが貫徹する――それは筆者が感激を以って戦争から学んだ尊い教訓であった。

出典:大河内一男『社会政策の基本問題(増訂版)』1944

資金計画の精緻化によって、家族の家計は最適化され、資金は最大限に動員されることが可能となったのです。

あと、興味深いことに資金計画の精緻化は、逆に営業担当の「無技能職化」を下支えしてもいます。タブレット1台あれば、もはや営業担当に知識も技術も問わないで済ませられるのだから。ハウスメーカー自体が費やす人件費もまた最適化されていくのだろうな、とも思ったり。

あらゆる資源が動員される

住宅新築の実現に向けて動員されるのはそれだけではありません。そのほかにも、共働きによる収入の増大、奨学金活用による教育資金の圧縮などが積極的に推奨されます。

2013年版の最後は次のような言葉で締めくくられます。

家づくりの実現は「ライフプラン」と「家族全員の自立」です!(中略)家族全員が自立意識を持つことです。そのために、あえて奨学金の利用や、共働きなども提案しました。こうした提案を「家づくりのため仕方なく」とネガティブに受け止めるのではなく、「家族全員が自立することで家づくりが実現できる」とポジティブに捉えて、ぜひ検討してください。

出典:『家づくりの赤本 2013年版』、積水化学工業住宅カンパニー

住まいづくりという一大イベントを通して、妻(共働き)も子(奨学金利用)も「自立」できるという語られ方はなかなかのインパクトを持っています。住宅新築は命がけ。まさに聖戦完遂に向けて家族全員の高度主体性発揚が目指されているといっても過言ではないような。

さらに、昨今の住宅産業界では様々な「資源」の総動員が提案されています。たとえば、共働き家族をターゲットにした住宅提案、家事を楽にするプランニングや設備の提案など。

そして、賃貸併用住宅も大いに推奨されています。3~4階建ての戸建て住宅を建設し、その一部を店舗やアパートとして活用することで、家賃収入をローン返済に充てる提案なども一般的になっています。
 
あと、かつては敬遠されていた二世帯住宅も復権。親からの資金援助のみならず子(孫)育てへの動員などのメリット(ヘーベルハウスは「日常での協力・何かあったら協力・経済面・精神面」の4側面を掲げます)により再注目されています。

いずれも「協働化・共同化による住宅資金確保」がポイントなのは言うまでもありません。あらゆるヒト・モノ・コトが「住まいづくり」へ向けて合理化され動員されていくのを観察できるのです。

先行き不透明なこの時代に、人生最大の買い物を成立させるために資金計画は精緻化され、あらゆる「資源」を動員する住宅提案が行われていることが見て取れます。そうした諸方策を通して、家族全員の「自立」も実現するという語られ方も伴って。

今回の記事は、ハウスメーカーによる資金計画の語られ方を揶揄あるいは批判しているように感じられるかもしれませんが、戦後日本社会的な「マイホーム」を前提とするならばという断り付きで、とてもよくできた提案だと思っています。検討・議論すべきは、そもそも戦後日本社会的な「マイホーム」じゃないとダメなの?ということと、だとしたら現状の相場やスペックは妥当なの?といったところでしょう。

やはり、資金計画の語られ方には「一戸建て住宅じゃないとダメなの?」とか「その住宅価格は適正なの?」と問い直す視点は希薄です。建てない選択肢、あるいは非・家族の住まいというスタイルへも公平に開かれた教育、「住まいづくり」ではなく「住む場所づくり」の資金計画&教育が求められるのではないでしょうか。

今回は、人生最大の買い物である住宅購入を成立させるためにハウスメーカーが繰り出す「資金計画の語られ方」に耳を傾けてみました。これと並行して、住宅取得を促すもう一つの路線に「ローコスト住宅」があります。その現状と射程についてはまた別の機会に。

(おわり)

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