アンメット・メディカル・ニーズに挑む―「みらいくすり館」レポート02:健康未来EXPO 2019から学んだこと その07-02

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2019年04月05日、私は一般客として健康未来EXPO 2019(以下EXPO 2019)に参加し、ブース「みらいくすり館」(以下同ブース)を見学した(1)。

「アンメット・メディカル・ニーズ」はいまだ有効な治療方法が確立されていない疾病に対する医薬品・医療への強い要望を意味する(図01,2)。

01.アンメット・メディカル・ニーズ

図01.アンメット・メディカル・ニーズ。

向かって左から、治療満足度と薬剤貢献度、治療満足度と薬剤貢献度の推移、ならびに、新薬の開発状況。

アンメット・メディカル・ニーズへの取り組みにおいて、図02における向かって左下の領域にある疾患は、決定的な治療薬がいまだに未開発である。製薬協会員会社は社会からの強い要望を受け、この領域にあるアルツハイマー病、多発性硬化症、膵がん、および、線維筋痛症などの治療薬に関して積極的な研究開発に取り組んでいる。

02.治療満足度と治療に対する薬剤貢献度

図02.治療満足度と治療に対する薬剤貢献度。参考文献02から引用。

高血圧症、脂質異常症、糖尿病、心筋梗塞、アレルギー性鼻炎、乳がん、および、白血病などの治療薬は、治療満足度も薬剤貢献度も高い。
糖尿病性網膜症の治療薬は、治療満足度も薬剤貢献度も中間である。
うつ病、パーキンソン病、全身性エリテマトーデス、アトピー性皮膚炎、肺がんなどの治療薬は、治療満足度は比較的低いが、薬剤貢献度は高い。
アルツハイマー病、多発性硬化症、膵がん、および、線維筋痛症などの治療薬は、治療満足度も薬剤貢献度も低い。

関節リウマチ、ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus:HIV)感染症・後天性免疫不全症候群(Acquired Immunodeficiency Syndrome:AIDS)(以下HIV・AIDS)、肝がん、アトピー性皮膚炎の治療薬などは、2005年度と比較して2014年度で、治療満足度と薬剤貢献度が大幅に向上している(図03,3)。

03.アンメット・メディカル・ニーズへの挑戦

図03.アンメット・メディカル・ニーズへの挑戦。参考文献03から引用。
楕円で囲まれた疾患(例.関節リウマチ、HIV・AIDS、肝がん、アトピー性皮膚炎)の治療薬などは、2005年度と比較して2014年度で、治療満足度と薬剤貢献度が大幅に向上している。

医薬産業政策研究所によると、製薬企業20社の2020年08月末日時点における国内開発品目(フェーズI~申請中)数は284件で、そのうち新規有効成分(New Molecular Entity:NME)の数は122件(43%)であった。
前回の調査同様に、60疾患開発品目数におけるがん疾患の開発品目数割合が非常に高く、その割合は50%(143/284)であった。がん10種開発品目数におけるNME数は44件で、割合にすると31%(44/143)であった。がん疾患におけるNME率が全体と比較して低いことは1つの薬剤を複数のがん疾患で、あるいは同一がん疾患をより細分化して開発することが多いためと考えられる。
前回の調査と比較して、今回の調査では、治療満足度が50%以上かつ治療に対する薬剤貢献度50%を示す領域(第一象限)の開発品目数割合が64.4%から79.6%へと増加した。これは60疾患の中で最も開発品目数が多い「肺がん」の治療満足度が2014年度調査から2019年度調査にかけて37.3%から52.4%へ上昇したためと考察された。これに連動して治療満足度が50%以下かつ治療に対する薬剤貢献度50%以上を示す領域(第二象限)の開発品目数割合が29.2%から4.6%へと減少した。
60疾患のうち第一象限に含まれる疾患の比率が61.7%(37/60)であることと比較し、本領域に含まれる開発品目数(79.6%)はかなり多い。ただ、60疾患中の10疾患ががん疾患であり、「膵がん」以外の9種のがん疾患が第一象限に含まれていること、さらに例えば血液がんの一種である「白血病」は大きく分けても「急性・慢性」×「リンパ性・骨髄性」=4種類に分類されるように一口に「〇〇がん」と言っても種類は多種多様であること、などから9種のがん疾患が含まれる第一象限の新薬開発品目比率が高いのは当然と思われた。
今回のHS財団による医療ニーズ調査では、医療満足度・薬剤貢献度が高い疾患として「高尿酸血症・痛風」、「脂質異常症」、「慢性C型肝炎」、「慢性B型肝炎」、「HIV・AIDS」、および、「副鼻腔炎」の6疾患、治療が医薬品主体ではない「睡眠時無呼吸症候群」、ならびに、「潰瘍性大腸炎」と「クローン病」の総称である「炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease:IBD)」の合計8疾患が除外された。一方、新規疾患として、新規診断・治療法、医薬品等の開発が望まれる疾患として多く挙げられた「筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis:ALS)」、「非結核性抗酸菌症」、「特発性肺繊維症」、「全身性強皮症」、ならびに、「IBD」を「潰瘍性大腸炎」と「クローン病」に分けた6疾患に加え、「慢性便秘症」、および、「サルコペニア」の2疾患の合計8疾患が追加された。
承認品目数が4つ以上の「慢性便秘症」、「クローン病」、および、「潰瘍性大腸炎」の2019年度の医療ニーズ調査結果における治療満足度と薬剤貢献度はともに60%を超えており、新規医薬品が疾患治療にもたらす効果が伺える。一方、過去13年間に5品目の新薬が承認された「非結核性抗酸菌症」の治療満足度は40.3%(薬剤貢献度は63.9%)と低い値であった。承認品目が2つ以下であった「特発性肺線維症」、「全身性強皮症」、「ALS」、および、「サルコペニア」では、治療満足度・薬剤貢献度ともに50%未満で、中でも「ALS」は、治療満足度・薬剤貢献度ともに60疾患の中で最も低い値(治療満足度14.3%、薬剤貢献度15.6%)であった。
製薬会社20社の2020年08月末日時点における新規8疾患の開発品目数はそれぞれ、「ALS」2品目、「非結核性抗酸菌症」0品目、「特発性肺繊維症」1品目、「全身性強皮症」1品目、「潰瘍性大腸炎」6品目、「クローン病」5品目、「慢性便秘症」0品目、および、「サルコペニア」0品目であった。「慢性便秘症」は過去13年間で5つの新薬が承認され、2019年度調査において治療満足度が81.4%、薬剤貢献度が90.9%であったこと、かつ、「クローン病」や「潰瘍性大腸炎」においては比較的開発品目数が多いことから、今後のさらなる治療満足度と薬剤貢献度の向上が予想された。しかし、残りの5疾患に関しては、医療満足度・薬剤貢献度がそれほど高くないにも関わらず開発件数が非常に少ないことが分かった。
これら低い開発件数が日本国内での医薬品開発の現状なのか、たまたま調査対象の製薬20社の開発件数が少なかっただけなのかを調査することにした。具体的には調査対象を製薬20社に限定せず、国内開発品目検索を「明日の新薬((株)テクノミック)」の国内検索機能を用いて実施し、開発対象をフェーズIから申請中までとした。なお、「サルコペニア」は明日の新薬では「筋肉減少症」として検索した。企業のホームページに開発パイプラインが記載されている場合はその情報も考慮した。その結果、「特発性肺線維症」10品目(うちNME8品目、企業開発品9品目)、「ALS」8品目(内NME3品目、企業開発品4品目)、「全身性強皮症」3品目(内NME1品目、企業開発品2品目)、および、「非結核性抗酸菌症」1品目の開発が行われていることが分かった。
一方、「サルコペニア」においては、調査対象を広げても開発品目がないことが分かった。一般社団法人日本サルコペニア・フレイル学会によると、2017年末にサルコペニア診療ガイドラインが初めて作成されたが、現段階でエビデンスレベルの高い治療・予防方法はないとのことである(図04,4)。

04.治療満足度・薬剤貢献度別にみた開発件数

図04.治療満足度・薬剤貢献度(2019年度)別にみた開発件数(2020年8月末時点)。参考文献04から引用。
この図は2019年度公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団(HS財団)調査における治療満足度(横軸)、薬剤貢献度(縦軸)に沿って疾患をプロットし、今回調査した開発件数を円の大きさおよび数値で示したものである。
製薬会社20社の2020年08月末日時点における国内開発品目(フェーズI~申請中)を集計対象とした。

医薬品の研究者や製薬会社は現在までアンメット・メディカル・ニーズを満たしてきた、言い換えれば、新薬の開発により、様々な疾患を克服してきた。実際、高尿酸血症・痛風、脂質異常症、慢性C型肝炎、慢性B型肝炎、HIV・AIDS、および、副鼻腔炎には有用な医薬品が販売されており、こうした疾患を治癒したり、疾患の症状や進行を抑制したりすることで、患者の生活の質を大幅に上げている。
一方、特発性肺線維症、ALS、全身性強皮症、および、非結核性抗酸菌症の新規治療薬が承認・上市されることで、患者の生活の質が著しく上がることを期待する。また、サルコペニアにおいては、今後、疾患の発症機序が明らかなることで、有用な予防・治療法が確立されることも期待する。

参考文献
1 日本コンベンションサービス(JCS)株式会社.“4年に一度開催される「健康未来EXPO 2019」は、大盛況の中でフィナーレを迎えました”.JCS トップページ.ニュース.イベント&講演.2019年05月16日.https://www.convention.co.jp/news/detail/contents_type=15&id=541,(参照2021年06月01日).
2 日本製薬工業協会.“製薬産業の取り組み”.日本製薬工業協会 ホームページ.製薬協について.刊行物(資料室).刊行物.製薬協ガイド.製薬協ガイド2018-2019.http://www.jpma.or.jp/about/issue/gratis/guide/guide18/18guide_03.html,(参照2021年06月01日).
3 日本製薬工業協会.“定例会長記者会見資料”.日本製薬工業協会 ホームページ.イベント・メディア向け情報.ニュースリリース.2018年ニュースリリース.2018年05月31日.http://www.jpma.or.jp/event_media/release/pdf/20180531.pdf,(参照2021年06月01日).
4 医薬産業政策研究所.“目で見る製薬産業 アンメット・メディカル・ニーズに対する医薬品の開発状況-2020年の動向-”.医薬産業政策研究所 ホームページ.刊行物/政策研ニュース.No. 61.http://www.jpma.or.jp/opir/news/061/no061_09.html,(参照2021年06月01日).

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