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JC論:なぜJCI Creedを唱和するのか

JCI Creedの現代的意味」を以前解説しましたが、青年会議所メンバーにはJCI Creedを唱和すべき理由があります。JCI Creedを唱えないということは、青年会議所のアイデンティティをなくし、自分自身が青年会議所メンバーであることを放棄するのと同じだからです。

青年会議所に信条(Creed)がなぜ必要か

世界で最も信者数の多い宗教といえばキリスト教ですが、キリスト教が2000年以上を経て広まり続けるのは、持続的で強固な共同体を築いてきたからに他なりません。

青年会議所には宗教性はありませんが、青年の共同体であることには違いありません。共同体だから法人格は社団法人なのです。共同体は構成員があることによって成り立ちますが、共同体が持続的であるのに対し、その構成員は人間ですからいつかは入れ替わっていきます。特に40歳で卒業する青年会議所では、メンバーは全く持続的ではありません。だとすると共同体のアイデンティティ(自己同一性)は、人間にあるのではなく、別のものになければなりません。アイデンティティは宗教なら教理に、企業なら利益にあるのでしょうが、青年会議所という共同体にとってはアイデンティティはその信条にあるのです

信条を失えば、青年会議所はそのアイデンティティを失い、共同体は持続的ではいられなくなるでしょう。だからこそ、昔からJCI Creedや綱領を忘れないようにセレモニーの度に唱和しているのです。

信条を唱えることの必要性

キリスト教の信者はどの派であっても、キリスト教の基本信条を唱え、その教理に帰依することを告白することで教会という共同体の一員とみなされます

例えば現在最も多くの派で使われている基本信条といえばニカイア信条です。この信条も英語で言えばWe believeという言葉で始まっています。「神がこう言った」とか「神はこう決めた」、ではなく、私たちは以下のように信じるという言葉で始まるのです。教会という共同体は神が作ったものではなく、構成員の信念によって形成されているからです

青年会議所という共同体も、同様に青年会議所メンバーの信念によって形成されています。一人の青年が青年会議所メンバーとなるにはその信念を唱える必要があります。I believe「私は以下のように信じる」ではなく、複数形の We believe「私たちは以下のように信じる」と唱えることで、共同体が形成され、一人の青年が共同体の構成員に変わるのです。

容易に割愛してはならない

だからこそ「時間の都合で」といってJCI Creedの唱和は割愛してよいものではありません。私も以前わからずにやってしまったことはありますが、今は反省しています。JCI Creedを唱えないということは、極論ではありますが、青年会議所のアイデンティティをなくし、自分自身が青年会議所メンバーであることを放棄するのと同じだからです。

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