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#32 自転車の鍵から始まるストーリー

自転車の鍵をなくした。
いや、なくしたのではない、鍵が逃げたのだ。

その日はいつも通りの帰宅であった。
鍵をいつも通りの場所に置き、ごちょごちょ作業をしてお風呂に入る。そこではたと気が付いた。

(鍵が、、、、ない、、、?)

いつもの場所に、いつもの鍵がないのである。
ここで「デレレレレ~デレレレレ~♪」と世にも奇妙な物語のバックミュージックとともに、黒いスーツを着た自転車の鍵を持ったタモリさんがお風呂場から出てくる想定は容易にできたのだが、どうやらこの想定は想定の範疇にとどまるだけであった。

鍵はその日から姿を消した。

自転車屋に行けば、鍵を新しく取り付けてくれるらしいという事を耳にした。
しかしながら、絶対に家の中にあるハズの鍵を、お金をかけてまで修理するというのはナニカに負けた気がする。また、万が一修理を行った後に家で鍵を見つけたとして、それはそれでナニカに負けた気がする。
私は一体何と戦っているのか知ったこっちゃないが、兎にも角にも「修理に行く」という行為においてあまり前向きではない。

芦田愛菜ちゃんが、「信じる」ということについて述べている動画を見たことがある。
【信じるとは、自分が理想化した人物像に期待をすること】で、【裏切られたとは、その人が裏切ったわけではなく、その人の見えない部分が見えただけ】という内容である。
突如この言葉を思い出して、私は鍵に「いつもそこにあるもの」と期待しすぎていたのかもしれないと考えた。

さらには、いなくなった鍵は私を裏切ったわけではなく、鍵にも「いなくなりたい時がある」というその側面が見えただけということに気が付いてしまった。衝撃だ。
そう思うと、修理してナニカに負けるよりも、鍵を信じ続けて温かい気持ちでずっと待ってみようと思う。そして、そのナニカというのは、鍵を信じ切れなかった自分なのかもしれない。
自転車の鍵は、人として大切なことを教えてくれたのである。

以上、鍵一つで広がる私の頭の中のストーリーでした。


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