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東京芸人逃避行 ランジャタイ伊藤幸司 バベル川副晃広

「明日遊ぼう、秋葉原に行きたい!」

いつも急である。


ランジャタイの伊藤さんはよく高円寺で遊ぶことが多く、僕は以前中野でバイトをしていた。
それ終わりでよく遊んでいたが、そのバイト先を辞めてからめっきり遊ぶことが少なくなった。

昼から深夜まで働きそのまま高円寺に向かう。
コンビニで安い発泡酒を買って駅前のロータリーでへべれけになって伊藤さんの家に泊まり、
そのままバイトに行くという日々がよくあった。



2019年4月13日、秋葉原。


少し早めに着き、僕は電気街口を出てすぐにある手すりに腰掛けて伊藤さんを待った。
良い天気である。


時間は13時前。待ち合わせは12時半。
約束の時間を20分以上回って伊藤さんは来た。遅刻は想定内である。
芸人が時間通りに来るわけないのだ。




「どこか行きたいところあるんですか」
「タケイちゃんある!?」
「いや、僕は特別どこに行きたいって言うのはないです」
「俺も!でもアキバだから!なんかあるでしょ!」

ないんだ、と思う。
自ら秋葉原に行きたいと言ったので何か用事があるのかと思っていた。


僕ら二人は気になる場所があれば入ればいいと、酒を飲みながら秋葉原を冷やかすことにした。






「伊藤さん鯛焼き売ってますよ」
「食べたい!」



「美味しいですね」
「美味しい!」




「アキバと言ったらメイドカフェですけど、今は色んなカフェがあるみたいです。こっちの通り行けばおそらくそういった店で働いている人が呼び込みしてますよ」
「行こう!」

「凄い!メチャクチャいる!皆可愛い!」
「可愛いですね」
『アイドルです!今度デビューライブをやります!よかったらチラシ貰ってください!』



「凄いよタケイちゃん。メチャクチャ可愛いよ。どうやったらあんな娘と付き合えるのかな」

伊藤さんは秒でチラシを受け取り言う。

「売れよう!タケイちゃん、俺は売れる!売れるよ!」

伊藤さんはよくいきなりスイッチが入る。やる気になるのは良い事である。
打算はこの際目を背ける。動機なんて後で何とでも言える。



「タケイちゃんこの本良いよ!この本タケイちゃんに似合ってるよ!」


そう言い手にした本には「ハーブと魔女」と書いてあった。
伊藤さんは僕をハーブと魔女が似合う男として見ていることがこの日分かった。





フラフラしていると綺麗な公園のような場所に出た。




公園にはスーツを着た男女が沢山いる。
中にある建物では何かイベントをやっているらしく、
僕らは気になって中に入りキョロキョロしていると、見兼ねたのか受付の女性が話しかけて来た。

『学生ですか?』
「違います!」
『社会人ですか?』
「そうです!」
『今回学生のみの説明会となっているので、良ければこちらをどうぞ』

女性は飲食店の求人情報誌を渡してきた。
どうやら楽しそうと思って入ってみた建物は、新卒の学生向けに行われた飲食店の説明会らしかった。


「タケイちゃんお腹空いたね!」

飲食という言葉で胃が刺激されたのか、飯を食おうということになった。
秋葉原の美味しい店など知らないので適当に見付けた牛丼屋で満たすことにした。




「美味しかったですね」
「美味かった!」
「伊藤さんゲーセンありますよ。ゲームは何が得意ですか」
「格闘ゲーム!俺乱入するよ!」





秒で負けた。




僕らは歩いて上野に向かった。上野は僕の一番好きな町である。
居酒屋が乱立するこの街が祭り感があって、東京に越して来た時からずっと好きだ。


「良い店があるんです。揚げ物や串を買って、外のカウンターで飲めるんです。きっと伊藤さんも気に入ってくれると思います」
「良いね!そこ行こう!あ!でもこの店も気になる!この店新宿にもあって前行ったことあるんだ!」




「お寿司美味しかったね!もう何も食えない!」

伊藤さんは寿司を堪能し、僕の勧めた店のことはもう覚えていなかった。



「もうすぐ川副君来るよ!」

伊藤さんはバベルというコンビを組んでいる川副さんの事をとても好いていてよく遊んでいる。
僕も大好きで、川副さんが身に付けているものをよく真似している。
靴やカバンは勿論、Tシャツの襟ぐりを真似してハサミで切ったりもした。


「川副さんどの辺に来るんですか?僕らの今いるところ分かるんでしょうか」
「タケイちゃん!帽子!帽子あるよ!見て!コレめっちゃいい!」



「伊藤さん、帽子は良いんですけど、川副さんどこですか」
「知らないよ、連絡来ない!この帽子買おうかな!」
「電話してくださいよ」
「その辺いるよ!こっちも買っちゃおう!」
「上野どんだけ広いと思ってるんですか。連絡取ってくださいよ」





いた。



閉店した店のシャッター前で川副さんは酒を飲んでいた。


川副さんは酒が好きだ。会う時は常に酒の缶を片手に持っている。この日もそうだった。

というか素面の時があるんだろうか。僕は心配している。
川副さんは酔うと何を仕出かすか分からないから、そのうちいきなり走り出して電車や車に轢かれて死んでしまうんじゃないかという懸念がある。
僕らは心配している。




「伊藤さんとタケイ君は今日何してたの?」
「秋葉原でプラプラして、散歩しながら上野来ましたよ」
「上野おススメある?タケイ君のおススメの店行ってみたいよ」
「良い店があるんです。揚げ物や串を買って、外のカウンターで飲めるんです。きっと川副さんも気に入ってくれると思いま」
「ピザ食ったからもう入らないや!伊藤さん桜見に行きましょうよ!マツコのテレビで上野の桜映してて見たいんですよ!」
「行こう行こう!」






僕らは上野公園に向かった。
公園にはまだ桜が咲いており、花見客も多く、桜はライトアップされていて綺麗だった。


「良いですね、桜も散ってなくて綺麗ですよ」
「タケイちゃん!この噴水ライトアップされてるよ!凄い!」
「せっかくなんで写真撮りましょう。きっとフォトジェニックな写真が撮れますよ伊藤さん」



「ちょっとぶれてますね、もう一回撮りましょう」
「格好良く撮ってね!」
「桜綺麗だなぁ!」



「なんかぶれますね。川副さんどこ行くんですか」
「カメラ目線で撮った方が格好良いかな?」
「あっち桜多いですよ!」



「タケイちゃん今!今噴水もいい感じだよ!」
「マツコの番組で映ってたのあそこだ!」
「川副さん待ってください。伊藤さん、ずっとピント合いません」



上野公園をフラフラし、夜桜の真下で酒を飲んで、深夜の宗教勧誘に耳を傾けてたら終電の時間になった。
楽しい時間は過ぎるのが早い。





小中高と学生時代、僕にはこれといって特別な思い出が無い。友達が少なかった。
好きな人同士でグループを作れと言われることは恐怖だったし、
給食の時間は友達もいないから隣のクラスの名前も知らない奴と一緒に食べた。教卓の隣で先生と食べたことは思い出したくも無い恥ずかしい過去だ。
孤立を謳うけど孤独に苛まれる僕自身矛盾で、グミチョコレートパインを読んで主人公に自分を投影したけど、
すぐに「僕にはこんな友達いなかったや」と我に返った。


こんな友達が欲しかった。
今、時間が過ぎて失われた青春を彼らで取り戻している実感がある。
金は無い。夢だけで生きれてる。


僕らはまた近く遊ぶことを約束し、駅で別れた。
上野からの帰り道がとても長く感じた。




夢の一つに自分の書く文章でお金を稼げたら、 自分の書く文章がお金になったらというのがあります。