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『諡 天皇の呼び名』

諡(おくりな)。
生前の事績を鑑みて死後におくられる名前のことである。
日本史上では貴人や高僧などにもおくられることがあるが、本書の主役は専ら天皇。

平成から令和へと改元されて間もなく世に出た本である。
譲位の段階で「平成天皇」という呼称は適切ではないという話を聞いたことがある人も多いのではないだろうか。
天皇の呼び名の実態にクローズアップした本というのは実は意外と少ない(歴代天皇をまとめたものはいくらでもある)。

諡の種類と変遷を追っていくうちに気づくであろう。
天皇の呼び名というのは極めて政治的な意味を持っているということに。

連合政権の名残を遺す国風諡号。
中国の諡法に倣って生前の事績を顕彰する漢風諡号。
歴史の教科書にも出てくる稲荷山の鉄剣の銘にある「ワカタケルノオオキミ」が国風諡号であり、彼に比せられる「雄略天皇」が漢風諡号である。
これらの諡号は天皇の王権が安定すると形骸化して役割を終え、外戚政治を脱した宇多天皇を画期として事績の評価を伴わない呼び名…追号がおくられるようになる。
京の白河に御所を構えていた天皇…「白河天皇」という具合である。

ところがその後も天皇の地位が揺らぐとき諡号が復活する。
天皇の呼び名を探る過程とは、天皇史をなぞる作業と重なるということがわかる。
このふたつがリンクする考証過程はなかなか刺激的である。
本書で特に力を入れている「光」という文字を含む諡号の考証は興味深い。

明治になると一世一元の制が採られ、元号がそのまま天皇の追号としておくられることとなった。
これもまた天皇とその治世が一体視されるようになった天皇観・天皇制の変化を表す。
明仁上皇が将来、崩御された場合は「平成天皇」と追号されることであろう。
今後もこのままの追号が続くかはわからない。
後世の歴史家もまた「平成」の天皇をいかに語り、「令和」の天皇をどのように語るのだろうか。
天皇の呼び名を考えることを通じて私たちも「歴史」を生きているのだ。
そんなことも感じた。

専門家でなくとも読める諡、天皇の呼び名に関する本は数が限られる(否、皆無と言ってよいかもしれない)。
出されただけでも十分に意味がある本なのだ。

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『諡 天皇の呼び名』
著者:野村朋弘
出版:中央公論新社
初版:2019年

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