相次ぐデータ改ざんとリベラルアーツ

企業の品質データの改ざん事件が相次いでいる。東洋ゴム、旭化成建材、神戸製鋼、そして最近のKYBによる免震・制振装置の品質データ改ざん。報道を見て一番驚くのは長期間にわたって不正が続けられていることだ。上記4社の場合、最低でも10年以上、長い会社では40年以上改ざんが続けられていた。私はメーカーに勤務したこともないし、製造現場にまったく通じていないが、なぜ長期に渡ってデータ改ざんが続けられたのかという疑問を、大学の一般教養課程でも扱う内容で考えてみた。副次的に、リベラルアーツもビジネスに役立つことを示したい。

今回のテーマを読み解くのに、ハンナ・アーレント『エルサレムのアイヒマン -悪の陳腐さについての報告- 』を借りる。偉そうに書いているが、昨年NHK『100分で名著』を見て知り、読んだレベルだ。この本は、アメリカの政治哲学者アーレントが、ユダヤ人強制収容所への移送責任者であったアイヒマン中佐のエルサレムでの裁判をすべて傍聴して書いた本だ。何百万人ものユダヤ人虐殺に関与した人間がどこにでもいるような平凡な人間であることに驚き、ごく普通の人間が悪に加担していく真相について書かれている。この本のメインメッセージは、「誰でも悪をなしえる」だ。そして、その要因は「全くの無思想性」にあるとした。つまり、ごく普通の人が、上からの指示やこれまでみんながしているルールに無批判に従い、自分の頭で深く考えることなく機械のように仕事していたことが、やがては巨悪につながってしまったのだ。アイヒマンは、どこにでもいるような出世に熱心な実務家で、自分の与えられた仕事に対して法や指示に従って淡々と忠実に仕事をしてきた様子が証言から浮かび上がってくる。

普通の人の思考停止が、悪につながっていく。このことはビジネスでも起きうる。品質データの改ざんに携わった人は、もちろん「悪人」ではない。「私はデータを入力しただけだ」「集まったデータを資料にしただけだ」「資料を元にハンコを押しただけだ」「納期に間に合わせようとしただけだ」「これまでと同じように仕事をしただけだ」と思っていたのだろうと勝手に推察する。細切れに分業された仕事は、プロセス全体の責任の所在が曖昧になりがちで、責任転嫁が起きやすい。しかし、このように目の前の仕事を無批判にこなしていった成れの果てが、品質基準を満たしていない製品の販売であり、最悪の場合は人の命にもつながっていく。企業の不祥事が頻発し、止む気配がない本質的な問題は、我々一人ひとりのアーレント曰くの「無思想性」、普通のビジネスパーソンが自分の頭で深く考え行動しなくなっていることなのではないか。

一人ひとりのビジネスパーソンが、「仕方がない」と思考停止状態に陥ることなく自分の頭で考え行動する訓練をするには、即効性はまったくないが、リベラルアーツはとても有用だ。その際に、「知識」レベルでリベラルアーツをただ鑑賞するだけでは不十分で、実際のビジネス実務や自分の生き方・働き方に引き付けて考えて、「見識」レベルで身につけ行動できるようになるのが理想だ。私のような「にわかリベラルアーツ重要派」が言うと説得力は足りないが、リベラルアーツは、洞察力・思考力を訓練しビジネスパーソンとしての見識を磨いていくのに、とても良い磨き砂だと思う。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36729850Q8A021C1EA2000/

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