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春霞餅(ショートショート)

 道の駅の中にあるカフェ。おどろくほど静かで、けれど不思議と心が落ち着く。
 調理場から微かに聞こえてくる、食器の音も心地よく響く。それ以外の音は何もない。
「今日は何も音楽とかかけないことにしたんです」
 店員さんはそんな風に言って、にこりとはにかんだ。その表情に効果音を付けるとしたら、まさに"にこり"だと思った。
 彼女はそんな笑顔とともに、先ほど私が注文したものを持ってきてくれた。
 春霞餅。春の日の出や日の入りの時の、きれいに染まった雲をお餅にしたもので、あんこを包んでいる。どんな色のお餅になるかは、それを作った日の天気によって変わるのだそう。
「きれいな色ですね」
 私は思わず見とれる。それは、微かに水色と白のグラデーションが滲む春霞餅だった。ところどころ、表面にオレンジ色の透明な水玉が浮遊しているように見える。
「この動いてる模様って……」聞いてみた。
「これは、このお菓子の一番の特徴なんです。生地の表面が流動的で、まるで春の小川が朝日を浴びて輝いているような、光でできた万華鏡を覗いているような感覚を味わって頂きたくて、取り寄せているんです」
 一口食べてみる。あたたかな、みたらしのようなあまじょっぱさがふわりと広がる。微かに春風のような香りが鼻を抜ける。
「おいしいですね。これ、どこから取り寄せてるんですか?」
 店員さんは、に、と口角を上げて、ナイショの話をするみたいに言った。
「この世界とは別の世界から、です」
「別の世界?」きょとんとした私の表情にニヤニヤを隠しきれていない彼女は続ける。
「この道の駅にある商品は、そのどれもがこことは別の世界から取り寄せているものなんです。ときどき、人間以外のお客さんも来店されますよ」
「へえええ?」
 どう反応するのが正解なのか分からなくなって、尻上がりのイントネーションで分かったような分かっていないような、曖昧な返事をした。
「確かにそういう反応になっちゃいますよね。大丈夫です。この道の駅のお店をくまなく見ていって頂ければ、きっと納得してもらえると思うので」
「は、はい。見てみます」
 私は不安三割、期待七割くらいの心持ちで答える。
 とりあえずは注文した春霞餅をいただくことにしよう。
 まだイマイチ整理しきれていない感情も、一旦春霞餅と一緒に飲み込むことにした。
 それにしても美味しいお餅だ。おみやげとか、売ってるかな。

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