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実は今も存在し続ける”祟り(たたり)”

 チリ南部を離れなくちゃいけない。サーモン養殖について取材成果をまとめながら、いつものように養殖業界の現地メディアをチェック。どうやら、これまで幾度となく業界にダメージを与えてきた伝染病が検出されたらしい。自然ってのは、どうにも思い通りにならないもんだ。むかしむかし、人は理解の及ばない自然災害を”祟り(たたり)”と呼んでいたそうじゃないですか。日常的には使わない言葉だけど、実際には今でも祟りと呼んで差し支えない事象がたくさんあるんじゃなかろうか。

祟りの2タイプ

 改めて「祟り(たたり)」って何でしょうね。とりあえず辞書を引いてみよう。

祟り(たたり):1 神仏や怨霊 (おんりょう) などによって災厄をこうむること。罰 (ばち) ・科 (とが) ・障りと同義的に用いられることもある。「山の神の祟り」2 行為の報いとして受ける災難。「悪口を言うと、後の祟りが恐ろしい」(出典:デジタル大辞泉)

 なるほど、祟りにも2タイプあるのか。一つは神仏や怨霊が原因で、もう一つは自分の悪しき行いが原因。先に書いたように自然災害が祟りと理解されていたのは、辞書にある「山の神の祟り」もそうだけれど、古くから日本人にとって自然は神を宿したものであり、信仰の対象だったからでしょう。

祟りだった害虫

 「山の神の祟り」から、自然が祟りをもたらすと考えられていたのは分かった。じゃあ実際に、どういったものが祟りとされていたのか。先日、Kindleで何か新しいものを読もうと検索していたら、良いものを見つけました。

「害虫の誕生ーー虫からみた日本史 (ちくま新書) 瀬戸口明久 (著)」。まだ読み始めたばかりだけれど、以下の内容説明が興味を引いたので購入したのです。

 江戸時代、虫は自然発生するものだと考えられていた。そのため害虫による農業への被害はたたりとされ、それを防ぐ方法は田圃にお札を立てるという神頼みだけだった。当時はまだ、いわゆる“害虫”は存在していなかったのだ。しかし、明治、大正、昭和と近代化の過程で、“害虫”は次第に人々の手による排除の対象となっていく。日本において“害虫”がいかにして誕生したかを、科学と社会の両面から考察し、人間と自然の関係を問いなおす手がかりとなる一冊。

 そう、害虫被害は祟りだったんですね。いつ発生するかも、どう制御するかも分からない祟りは、自然科学の進歩とともに「害虫」という新たなカテゴリーに分類されたわけです。ちなみにぼくは大学時代、昆虫学研究室に所属していたんですが、この「害虫」という言葉はあんまり好きじゃないですね。”祟り”の方が格好良くて好き(バカか)。

ISAウイルス

 さて、冒頭で書いたチリのサーモン養殖業界に不穏な影を落としている伝染病とは何か。それは伝染性サケ貧血症(ISA)ウイルスと呼ばれるもの。2007年7月25日、チリにおける最初の症例が報告されると、2008年に感染が急速拡大し、同年の上半期だけでチリのサーモン養殖産業に総額3000万ドル(約30億円)の被害が出た。この出来事はスペイン語だとcrisis(危機・非常事態)と言われるが、あえて名前をつけるなら「サーモンショック」と言えましょう。

 ISAウイルスというと、何だか馴染みのない響きがある。ただ、チリ南部では割と結構広く認知されていて、例えばバスターミナルのキヨスクのおばちゃんとも「またISAウイルスの感染が報告されたのよ」なんて会話が成り立つ。日本でいえば、豚コレラとかに近いような印象。

 そしてこのウイルスの感染が、ここにきて複数報告されている。業界最大手のアクア・チレという会社は、すでに42万尾以上に相当するサーモンを回収。専門メディアが実施した調査によると、「非常事態が再び起きるか」という問いに対して、73%は「その可能性がある」、27%は「ISAはコントロールされている」と答えている。こうなるとISAは、ウイルスの名前が分かっているだけで、いつ発生の予測や、その後の制御方法が確立されていないという点で、ISAはもう”祟り”のカテゴリーに入ると言えるんじゃないでしょうか。

変化を続ける自然

 これまでISAは主にワクチン投与によって予防されてきた。しかしそれは、インフルエンザのウイルスなどと同じく、変異株にも効果的とは言い切れません。ウイルスは常に変化し、科学はそのスピードに追いついていない現状があります。

 日本の宗教観の中で、自然に神が宿るならISAはまさに祟り。さらに、自然科学が世界を想像した神の意図を知るために始まったのなら、その力をもってしても防げないISAは、西洋的な価値観でも祟り的ではないでしょうか。

 さて最後に、この祟りはどっちのタイプの祟りだろう。おそらくぼくは、両方なんじゃないかと思うんです。チリには在来していなかったサーモンを導入・養殖し、産業化したという、自然の理を逸脱しすぎた行為に対する祟りでもあるのかと。祟り祟りと、テーマがテーマなだけに非科学的な様相を呈してきたけど、気候変動をはじめ今の日本で頻発する自然災害も、2タイプに当てはまる”祟り”として捉え、ささいな行動から見つめ直してみたいと思うのです。

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