屍鬼転生

まずは800年前の話から始めよう。私は僧侶だった。当時としては珍しく戒律を守っていたので高潔な僧として評価されていた。そこに事件が起きた。天皇と幕府の争いが勃発し天皇側が敗れた。天皇側と目されていた私の寺には落武者たちが庇護を求めてやってきた。私は幕府側と交渉したが無駄だった。首を斬られ所領も没収される運命の彼等は私にせめて自分の伴侶を守って欲しいと願ったのだ。私はその願いを叶えるために奔走した。近くの大きな家を借り上げ改装して小さな部屋をいくつも作った。救出は急ぐ必要があった。すぐに弟子たちを都の各所に派遣して女性たちを保護した。そして彼女たちの居場所として尼寺を作ったのだ。
それが私の落ちた罠だった。武士や天皇側近の公家の若く美しい後家が私を頼り信じて修行に励んでいた。弟子たちが修行の妨げになると恐れるので私が一人で尼寺には指導に行っていた。そこで戒を破ったのだ。狭い家の中のことで女性たちにバレないはずもない。たちまち噂になり近所にも知られ、しばらくすると都にも噂は広がった。僧侶で肉食妻帯するものや女犯の戒を破ることは珍しくもなかった。しかし私は高潔な僧として人気があったせいで格好の餌食になったのだ。
弟子たちにも噂は広がり、今までは尊敬の眼差しで見ていたのにもう目を見ようともしない。私はそんな雰囲気に耐えられなくなった。自分から食を断ち、餓死することを選んだ。しばらくするともう立つこともできなくなり、ついに臨終の時を迎えた。最後まで私に付き添ってくれた弟子が耳元で囁く。
「戒を守ったと言い残してください。」
寺の悪評を払うため、残されたものたちは戦わなくてはならない。私はその願いを受け入れ死んだ。
死後私は鬼になった。修行したものが死ぬと魂が残り鬼になりやすい。以前裏山に集まった鬼たちをまとめて成仏させたこともあったのだが、鬼どもに名前を名乗らせると皆かつての高僧だった。
私は魂魄だけが固まった屍鬼として彷徨った。尼寺にも行ったが愛した人はすでに川に身投げして死んでいた。私はどうすれば良かったのだろう。どうしたら彼女を守ることができたのだろう。後悔の念だけが残った。
寺の裏山にはよく座禅した松の木があった。私はそこに座りただただ考え続けた。だが答えは得られなかった。やがて私の存在は広く知られるようになり、多くの者が物珍しさから見にやってくるようになった。特に僧侶や行者などは力試しのような気持ちだったのだろう。その中に本当に修行を積んだものがおり、私は成仏することができた。
そして何度かの転生を経て現代に転生した私の課題はその答えを見つけ問題を解決することだった。愚かなことだが、何度生まれ替っても解決できなかった。
長い時間がかかったが、なんとか答えは見つかった。当時の話に戻して説明するなら還俗すれば良かったのだ。僧籍を返上し、女を連れて寺を出て貧しくとも支え合って生きていけば良かったのだ。そんなこともわからずに死に逃げた私は卑怯者だった。

現世で再会した彼女とは今幸せに暮らしている。やっと平安が訪れたのだ。

今日はこれくらいにしておこう。

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