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親指姫との別れ

利き腕の、親指の、腹にできた親指姫、
別名(シコリ)をとった。
取り除いた。

親指姫(シコリ)は、
ときどき当たりどころが悪いと暴れた。
ドアノブを握るとき、
キャップを外すとき、
ボタンを止めるとき。

何気ないアクションで、
突然、親指姫は激痛をひき起こし、
全身の動きと、
全思考を一瞬で持ちさる。
いつ爆発するかわからない爆弾のようだ。

しばらくすると治るけれど、
物を握るときに、過敏になる。
痛みのリスク回避をして、動くようになる。
親指姫の機嫌を気にせずに、生活したくなる。


でも、常に痛かったわけじゃなく、
騙し騙し付き合っていると、
馴染んで、収まって、
いずれ、そんなことも忘れるかも知れないと、
期待して、希望を持って、勝手にイメージして、
そして3年の月日が経った。





その親指姫が最近、
以前より、ほんの少し大きくなってきた。
それについて、考える時間が増えた。
深夜、指の奥が疼き、眠りから引き戻されたりした。

せっかく、いい夢を見ていたのに…。
邪魔されると人は、
まるで、その前の状況が幸福だっかの様に、
妙に過剰に肯定したくなるもの。
真実はわからない。


いずれにせよ、指の心配より、
もっと他のことに時間を使いたいと思い始めた。
親指姫との別れを考え始めた。

無理に手をつけず、
自然に任せて、シコリをそのまま残すこともできた。
まがりなりにも自分の体の一部だから、
手術で強制的に排除するのもどうか、と。
親指姫なりに、言い分もあるのかも知れないと。


わたしは、話し合いによる「解決」を試みてみた。
いや、夢を見ていたのかもしれない。

話しあえば、納得してくれるだろう、
手懐ければ、いずれ馴染むだろう、
きっと消えてくれるだろう。
そしたら解決するだろうと、淡い夢を見ていた。


でも、
こちら側が心を開いても、親指姫は何も言わなかった。
言い分を聞いて、理解しようと、
まだ上から目線なのかも知れないけれど、
それでも、姿勢を示したつもりだった。

親指姫は真夜中に、ふときたときに、
痛みで返してきた。

話し合いで解決はできなかった。
相手と同じ言葉を持っていなかった。
この手の問題は、
そう、
まさに、 この 「手 の 問 題 」だ。

話し合いという手法が、
適切な方法ではないと悟った。


解決を手放して、
そう、
まさに、「 手 か ら 離 し て 」

全く別の角度から、
決着をつけることにした。

決着は、
必ずしも解決ではない。

解決ではないが、
決着すると前進はする。

話し合いではなく、
力を行使して、
つまり手術で強制的に親指姫を、
取り除く決意をした。

戦争を始める時って、
こんな気持ちなのかも知れない…。



3ミリほどの大きさの、
誰も気づかないような親指の腹のシコリ、
親指姫との戦争のために、
しなければいけない準備は想像以上だった。


手術にちゃんと耐えられるのかを検査するために、
さまざまなアンケートに答えた。
・他の病気は無いか?
・アレルギーは?
・気力、体力は?
・何かあった時の連絡先は?

「本当にあなた側に問題はないのか?」と、
問われているようだった。

お酒も我慢した。
しばらくお風呂も入れない。


わたしは、手術用に全身着替えをした。
これは、面積で言えば、
3ミリの患部に対して5万倍の体制、
野球の小さなマウンド(丘)にいる3人の敵に対して、
東京ドームに5万人の兵力を集め、
解説者付きのTV中継で囲む、
戦争のような感じだ。

そうか、
戦争って、もしかしたら、
こう言うものなのかも知れない。

わたしはヘッドホンをかけられ、
MRIの台に寝かされた。
まるで、
これから発射される弾が、
大砲に込められる弾になったような気持ちだ。
わたしは敵にめがけて発射され、
敵もろとも爆発し飛び散るだろう。
そうすれば、
解決はしないけれど、決着はつくだろう。

なぜかBGMは、
「銀河鉄道999」だった。

さぁ行くんだ〜
その顔をあげて〜
新しい風に
心を洗おう

古い夢は
置いてゆくがいい
再び始まる
ドラマのために〜



戦争(手術)は、
15分で決着がついた。
正しかったかどうかはわからない。
戦争とはそう言うものかもしれない。

状況だけは、前に進んだ。
いや、前にも進んでいないのかも…。

「変化を選択した」
だけなのかも知れない。


親指姫(シコリ)とは、あの日お別れした。
日記には、「終戦記念日」と書いて寝た。
その日は、深夜に起こされなかった。



今、こうしてキーボードを打つと、
親指姫を思い出す。
傷口はもう痛くはないけれど、

親指姫が、
何か言いたそうに、少しだけ疼く……。

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