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静謐で冷たい空気に溶け込む神と魂。青森の歴史と暮らしに根ざした深淵なるご当地怪談『青森の怖い話』(高田公太・鶴乃大助)まえがき+収録話「あの日の行列」全文掲載

地元出身在住の作家が徹底取材!
津軽、南部、下北、県内全域を網羅。
神と魂の近いクニ、青森県のご当地怪談!


あらすじ・内容

【白神山地】マタギと六尾の狐の祟り
【青森市】国道路肩に佇む灰色の霊
【むつ市】変化する座敷わらし
【八戸市】海から訪れる亡者の列
【十和田湖】湖に現れる神様の使い
【鰺ヶ沢町】シンメイ様の宵宮の怪

西の津軽、東の南部、北の下北と独自の風土と歴史文化を有する青森県の怪を、地元出身在住の著者が県内を隈なく取材して集めたご当地怪談集。

■八甲田山の雪中行軍に参加して死ぬ夢を毎晩見る男。ある日夢に変化が…(青森市)
■震災前夜に海のほうからやってきて部屋をすり抜けた亡者の列…(八戸市)
■恐山から憑いてきた三人の霊が家族に異変をもたらす…(むつ市)
■子どもを持たないまま死んだ妻の霊が赤子を抱いて夫の前に…(弘前市)
■洋上に忽然と現れ沈みゆく幽霊漁船…(おいらせ町)
■山で作業する測量士の目に次々と襲い来る異変。山の神の祟りが…(県内)
■焼け跡から燃えずに出てきたオシラ様。着物を脱がすと驚きの中身が…(弘前市)
■死んだ母が遺児に逢いに来る家。そこには不気味な因果が…(五所川原市近郊)
■名産のニンニクに手をかざすと掌から無数の糸が出る母子。その意味は…(田子町)
■幼馴染に彼女を紹介するからと連れてこられた山の祠。そこにいたのは…(平内町)
……ほか。

まえがき ――怪談県宣言(高田公太)

「魂」という言葉がある。その意味をどのように捉えるかは人それぞれだ。
 意味を知らぬ人がいるだろう。
 意味を否定する者もいるだろう。
 そんな人は是非青森に住み、県民として日々の暮らしを続けてほしい。
 そうすれば、否応なくその本当の意味を知ることになるのだから。
 本書には青森県内各地の、歴史と暮らしに根ざした怪異体験談のみが収められている。
 もしあなたが青森に住むことを叶えられないようなら、そのままページをめくり、本書を読むだけでも構わない。青森に住む実話怪談作家二人がたっぷり吸い込んだこの静謐で冷たい空気を、背筋と首筋の毛穴で感じるだけで一向にかまわない。
 そうして震えながら本書を読了したのち、あなたは必ず「魂」の意味を知るのだから。
 必ず、知ってしまうのだから。
 ようこそ、怪談県──青森へ。

試し読み

あの日の行列(八戸市) 鶴乃大助

 青森市で家族と暮らしている駒井さんは、独身時代に勤務の関係で八戸市に住んでいたことがある。
 会社が借り上げていたアパートは八戸港に近いエリアにあり、海のない街で生まれ育った駒井さんにとって新鮮な環境だった。近くには美味いものを食わせてくれる居酒屋もあり、独り身にはありがたく週に二、三回は通っていた。寂しさもあったのだが、部屋にはあまりいたくない理由もあった。部屋にいると誰かが通り過ぎる気配を感じていたからだ。
 何かの姿を見たという訳ではないが、どこか気味悪く落ち着かないので、夜は外で食事を摂るようにしていた。そんな生活が三年ほど続いた三月のある夜――。
 いつものように仕事を終えると、馴染みの居酒屋で一杯やりながら夕食を済ませ、寝るだけのアパートへと帰った。
 二階にある殺風景な部屋には、いつ転勤になるか分からないので必要最低限の家電と衣類しか置いてなかった。一息つく間もなく風呂に入り、そそくさと布団に入り込む。ぐっすり寝ていると、ベランダの窓がガタガタと揺れる音で目が覚めた。天候が荒れた日には、海からの風が窓を叩くこともあるので、それが原因だろうと思った。
(何時だよ……)
 枕元に置いた携帯電話を手に取り、時間を見ると午前一時を過ぎていた。
 窓の外から犬の鳴き声が聞こえてきた。まるで敵に向かうように激しく吠えている。
 すると、騒がしい窓の外がオレンジ色の光で照らされ、その光が部屋の中へと入ってきた。オレンジ色の光を発していたのは、二つの提灯だった。
(な、何だよ!)驚く駒井さんは布団の中に潜り込み、隙間からその様子を見て声を失った。カーテンをすり抜けたのは提灯だけでなかった――。
 提灯は紋付き袴姿に、ハットを被った年配の男二人の手にあった。
 二人の男は無表情のまま常夜灯に照らされた部屋を進み、玄関のほうへ音も立てずに移動していく。
 更に、その後ろを次々と無表情の老若男女が連なって、駒井さんの部屋の中へ入ってきた。背広姿の男もいれば着物姿の女、小さな子供までいる。何人、いや何十人もの無表情な者達が狭いアパートの部屋の中を連なって移動する。
(早く消えてくれ!)
 恐ろしくて目を瞑り、必死に祈った駒井さんは、いつしか頭から被った布団の中で気を失っていた――。
 携帯電話のアラームで目を覚ましたが昨夜見た光景が忘れられず、暫く布団を頭から被ったまま動けなかった。ようやく布団から顔を出すと、何も変わらぬ殺風景な部屋が朝を迎えていた。窓の外は春とは程遠い寒さで、曇天の空模様だった。
「今思えば、あの部屋は霊道だったと思うんですよね。時々人の気配はしてたから。それと関係あるか分からないんですけど、あの日の午後に東日本震災が起きたんですよ」
 駒井さんの住んでいたアパート周辺も甚大な津波被害に見舞われた。
 二〇一一年三月十一日午前一時、海の方角から現れた亡者の列は、一体どこへ向かったのだろう。

★著者紹介

高田公太(たかだ・こうた)

青森県弘前市出身、在住。元・陸奥新報の記者で、県内の怪異スポットを幅広く取材。主な著作に『恐怖箱 青森乃怪』『恐怖箱 怪談恐山』『青森怪談 弘前乃怪』。

鶴乃大助(つるの・だいすけ)

怪談好きが高じて、イタコやカミサマといった地元のシャーマンと交流を持つ。津軽弁による怪談イベントなどを県内外で精力的に行う。共著に『青森怪談 弘前乃怪』『奥羽怪談』『秋田怪談』など。

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