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落下物に注意!!

 永年、菓子職人として働いてきた私の修行開始半年目くらいからの話!
 私は別の記事でも述べているが、新人の頃は怒鳴られたり、蹴られたり、周りが目をそむけたくなるような感じだった。私は平気だったが!
 しかし、半年くらいたった頃、状況が変わってきた。だんだんと上司、先輩達の怒鳴りや、暴力的な行動が、一斎なくなった。何とも、きしょく悪い感じだったがある意味認めてくれ始めたのか?といいふうにとらえる事にした。
 それと同じくして、ある仕事を任されることになった。バウムクーヘンの担当に社長直々の指名で、社長から直々に伝授していただけるらしい!
 社長は元々職人であったが作ってる姿は誰も知らないらしく、私の指導をされる時、ギャラリーは、ほぼ全員だった。社長は、ご自分がさわる事はなく、ああやこうや、そうやどうや、「違うわ!ドンクサイのぉ!アホか!」というように、お世辞にも教える技術は、下手くそだと思う。
 今でこそ、お土産の定番のバウムクーヘンだが、また、今でこそ、半自動や全自動の6本、10本がいっぺんに焼ける専用機があるが、私が使っていたオーブンは、直火、手がけ、1本焼きという何ともあじのある、
           『THE手焼き』である。
 私は3年間バウムクーヘンばかり焼いてきた。手焼きがゆえに、時間が、かかる。一層一層丁寧に、ここのバウムクーヘンのことなら何でもわかるし、誰にも負けない、伝授していただいた社長よりも!
 私の焼いていたやり方は、まず、芯棒に硫酸紙を巻いて、タコ糸でセオリー通りにしばる。焼きに入るのだが、最初が一番肝心!
 まず、芯棒を温めるというより熱する!紙が焼け焦げないように、ここが本当に大事な工程で私はここで最低3分は使う。ここを中途半端にすると後でとんでもない事になる!
 1本焼くのに16層、約35分から40分はかかっていた。わざとゴツゴツの状態に焼き上げるので、直火の調整も難しいことはバウムクーヘンに携わった人しかわからない。私しか焼けないのは会社にとってもマイナス。だから、先輩にも教えてきたが、簡単に考えて、失敗して、敬遠していく。
 バウムクーヘンの失敗とは、焼き上がる前の14層目で芯からぼたぼたと、はがれ落ちてしまうという無惨な姿になってしまって、せっかくの13層迄の作業が、、、、あアァーーーーッ、、、となってしまう。
 ある日、社長が「25分で焼け!」と言ってきた事があった。       「それは無理です!」と言うと、「俺が見本見せるから準備しとけ!」とおっしゃったので、指示通りにしたが、どんな焼き方をするにしても、落下するのは間違いない、私はギャラリーを遠ざけた。今はそんなことしか出来ない。
 機械の前はかなりの高温で、サウナ状態になる。「今、何分や!」社長が叫ぶ、ハアハアと息を荒げながら!「22分です。」と応えだが、13層目、16層迄
あと3分は無理というより、次の層で120%落ちる、間違いなく落ちる。
 社長が不憫(ふびん)だ!14層目をかけた時、私は目をそむけていた。
 ぼたぼたと、ぼとぼとという音だけが虚しい!
 「あとはやっておきますので。」小さめの声で言った。
 手のひらを広げたまま左手を掲げ、汗だくになった社長が去って行った。
掲げた左手は「すまん!」を意味しているのだろう。
 それから、数分後、
工場長が片付ける私の横に立って、「社長からの伝言や、バウムクーヘンは誰でもかれでも、さわらせるな、」社長が選んだ者しかあかん!らしい。
 と、いうわけで、3年間バウムクーヘンばかり焼いていた。

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