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大学に行くべき人、大学ですべきこと

June 30, 2023

Transcription

The U.S. Treasury Department places restrictions on four companies in the Central African Republic for gold dealings linked to Russia's Wagner Group.

Hungarian Prime Minister Viktor Orban criticizes EU plans to give Ukraine additional financial aid, saying Ukraine has already received about $80 billion from the EU.

Japan says the U.N. nuclear agency chief will visit Fukushima before the release of treated radioactive water from the damaged nuclear plant there.

And U.S. President Joe Biden strongly criticizes a Supreme Court ruling that bars using race in college admissions decisions.

訳例

米財務省、中央アフリカ共和国でロシアのワグナー・グループに関連した金取引を行った4社に規制をかけました。

ハンガリーのオルバン首相は、ウクライナはすでにEUから約800億ドルの資金援助を受けているとし、EUによるウクライナへの追加資金援助計画を批判しました。

日本は、損傷した原子力発電所から放射性物質を取り除いた処理水を放出する前に、国連原子力機関長官が福島を訪問すると発表しました。

そしてジョー・バイデン米大統領は、大学入試の合否判定に人種を考慮することを禁じた最高裁判決を強く批判しました。

勝手に探究

今回、大学入試で適用されているアファーマティブ・アクションに関するニュースを見て、なぜそれが問題になっているのか考えてしまいました。

入試で得点に「下駄を履かせる」とどうなるのでしょうか。合格点に達していない学生の入学が認められるってだけでしょうか。

アメリカの教授は簡単には単位を出さないと聞きます。基準に達しない学生は成績が悪くなったり卒業できなかったりする、極めて合理的なシステムです。つまり、どんな形で入学しても、正当に単位を取得し卒業できるならその大学のOB・OGとしてふさわしいということになるのではないでしょうか。

しかも、アメリカは能力主義社会であって、日本もだんだんそうなってきましたが、大学名で食っていけるわけではありません。社会に出てからは何が出来るかで評価されるので、学歴を言うなら大学では不足、大学院以上が求められます。なんなら、実力があれば学歴は不要です。ビル・ゲイツ(マイクロソフト)、スティーブ・ジョブズ(アップル)、マーク・ザッカーバーグ(フェイスブック/メタ)なんていう起業家が大学を中退しているのは偶然ではありません。最近ではchatGPTのサム・アルトマン(openAI)もスタンフォードを中退しています。彼らに学歴など必要ないのでしょう。

ちょっと優秀すぎる人たちを例に出しても例外なだけなので、学位が必要な一般人で考えます。

入学したら、その大学で単位を取るべく勉強します。成績もいい方がいいに決まってます。だから、誰だって最低限の勉強はするわけですが、もし、単位や卒業の認定にもアファーマティブ・アクションが考慮され、自分よりテストの結果の悪い学生が良い成績だったり、よりよい大学院や企業に推薦されていたとしたらどうでしょう。さすがに、納得いかないと思いますし、そんなことは起こらないわけです。だったら、誰をどのような基準で大学に合格させるのかなど、好きに決めればいいと思うわけです。少なくとも私学であれば。

その代わり、大学教授は自身の講義のレベルに達しない学生には相応の準備を求め、安易に基準を甘くしないことです。大学の価値を損なってしまいます。

ここまで書いて、やはり日本の大学について考えてしまいます。

日本の私立大学は、付属校からエスカレーター方式で入学させたり、各種推薦入試などの利用で、学力の点では見劣りする生徒を入学させています純粋に経営の観点から

そんなことがまかり通るのはほとんどの大学で学力不足の生徒でも単位が取れて卒業できるからです。世界の一流大学はハーバードもMITも、オックスフォードもケンブリッジも私立大学なのに、日本の私大がいつまでも国立大学に敵わない原因のひとつは、卒業生の質が担保されていないせいだとここでは言い切ってしまいましょう!逆に言えば、卒業生の質のみで勝負した新興の大学である秋田県の国際教養大学(2004年設置)は、不利な立地をものともせず、最難関大学の地位を獲得しています。

どうしてこれが私立で出来ないのか不思議にすら思えます(国際教養大学は公立大学)。民間企業が優秀なはずの日本です。本気を出したら国立大学は地域の生涯学習の場くらいになるんじゃないでしょうか。

そういえばトヨタ自動車は自前の学校を作っていて、しっかり機能してます。業界をリードする企業は今、現場で必要な人材がどんな人間なのか分かっているだけに育成能力は高いのでしょう。理系の生徒にはオススメです!

アファーマティブ・アクションから話が逸れてしまいました。

高校までの教育の結果を揃えるとか、大学教育の成果を揃えるとかになると共産主義な感じがしてそれ以上の進歩はなくなりそうなのですが、越えるべきハードルが残り、それを越えられるかどうかがその人次第なら問題なし!でしょう。

アファーマティブ・アクションの結果、合格点であった受験生が不合格になるというのが問題なら、その生徒も全員合格にしたらいいんじゃないですかね。その代わり単位の認定を厳しくしてバランスを取ればいいでしょうし。

大学には、それにふさわしい者が集い、そうでなければ淘汰される、という仕組みが一番合っているように思います。大学は本来、万人に開かれてはいないんです。

しかし、幸か不幸か、今は大学全入時代。楽して卒業だけしたいという生徒だって大切なお客様になっています。授業料さえ払えば、丁重に迎えてくれるんです。受験で無理せず余裕しかない大学生活を送ることだってできます。それで良ければ、ですが。

そんな中、いろいろなことを犠牲にして一生懸命勉強し、有名大学に合格するのは価値のあることです。立派です。しかし、出身校にプライドを持つあまり、それで何かが満たされて自分磨きを怠ったり、他人にマウントを取ってしまうようなら大学なんて行かない方がマシです。

結論、大学なんて行きたいやつが行けばよく、どこを出ているかよりどんな人間かの方がずっと大切。以上、長々と書いてしまいました。ここまで読んでいただきありがとうございます!また明日もよろしくお願いします。

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