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論文紹介 現代の海上戦でも艦載砲が無意味になることはない

艦載砲(艦砲)は水上艦艇に搭載された火器の一種です。巡航ミサイルのような誘導武器ではなく、専ら砲熕武器を指して使われている用語です。近世以降の海軍で砲熕武器が広く普及し、火力が海上戦の勝敗に直接的な影響を及ぼすようになったことで、艦載砲は艦艇を設計する際の最重要事項になりました。

19世紀後半以降には艦載砲の口径を拡大するため、巨大な戦艦が設計されたこともありましたが、第一次世界大戦以降に航空機が、冷戦以降に巡航ミサイルが使用され始めたことで、艦載砲の意義は相対的に低下してきたといえます。現代の海軍では、さらにステルス化、ドローン、電磁加速砲などの新技術を取り入れることで、水上艦艇の戦闘力を高めようとする動きもあります。

このような技術動向において艦載砲はその歴史的役割を終えつつあるように見えますが、それは一面でしかありません。艦載砲は依然として艦艇の重要な武器です。アイルランド国立大学ゴールウェイ校のBrendan Flynn講師は、将来の米中戦争において水陸両用作戦が生起したとき、ハイテクの武器が海上戦の決め手になるとは限らず、むしろ艦載砲システムが重要な役割を果たすと論じています。

Flynn, B. (2021). The coming high-tech Sino-American War at Sea? Naval Guns, Technology hybridity and the “Shock of the Old”. Defence Studies, 21(3), 312-333. https://doi.org/10.1080/14702436.2021.1924688

これまで研究者は、アメリカと中国が将来的に開戦した際に、海上戦の結果が武器の性能によって大きく左右されると想定していました。彼らは将来戦に備え、そこで勝利を収めるためには、新たな技術を開発することが欠かせないと考え、人工知能、ドローン、ステルス技術、電磁加速砲、人工衛星といったハイテクな装備の重要性を強調してきました。

しかし、著者はこの見方に挑戦しています。1991年から2020年にかけて発生した15件の海上戦で使用された海軍の武器の種類を調査した結果、中口径の57mmから130mmの艦載砲は15件のうち13件で使用されており、より小口径の艦載砲も12件で使用されていました。これに対して艦載機が使用された例は3件、巡航ミサイルは4件であり、艦載砲がいかに頻繁に使用されているかが伺われます。このような実情は新たな技術の研究開発だけでなく、古い技術の研究開発にも投資する必要があることを示唆しています。

当事者である海軍も新技術を取り入れつつも、実績のある古い武器システムを慎重に残し、かつ改善を重ねています。2017年以降に建造された海軍の駆逐艦、フリゲート、コルベットの武器を調べると、76mm(3インチ)から127~130mm(5~5.1インチ)の中口径として分類されることが多い艦載砲はほとんどのケースで塔載されています。論文が書かれた2020年の時点で中国海軍は18隻の駆逐艦に130mm、その他の31隻には100mm、推定で75隻のフリゲート、またはコルベットには76mmの艦載砲をそれぞれ塔載しています。アメリカ海軍の水上艦艇で127mmの艦載砲を搭載しているのは合計で89隻になります。

誘導武器が開発された冷戦期には、艦載砲は不要の長物になるという見方も確かにありましたが、今では支持を失っています。イギリス海軍は1960年代から1970年代にかけて中口径の艦載砲をすべて廃止することが可能かどうかの実験を行いましたが、1982年に勃発したフォークランド戦争で艦載砲が水陸両用作戦に必要な武器であることが再認識されたという経緯があります。最近の艦載砲は自動化によって射撃速度と射撃の正確さを高める努力が重ねられており、また口径を標準化も進められています。このため、現代の艦載砲は以前よりも優れた火力を発揮することができるようになっています。

著者は、将来に米中戦争が勃発した場合、水陸両用作戦で海上部隊が陸上部隊に火力支援を実施することが必要になることが想定されると考えています。イギリスのマーク・スタンポープ海軍大将は艦載砲が時代遅れであるという意見が根強くあったものの、2011年のリビアに対する軍事的介入(リビア内戦)では高い精度で砲撃が可能だったと下院の防衛委員会で証言し、その重要性を高く評価しました。著者が特に注目しているのは、艦載砲による火力支援は、ミサイルによる火力支援よりも持続的に実施できることです。台湾に対する中国の侵攻が現実に起きたとき、あるいは南シナ海や東シナ海で武力行使が起きたとき、駆逐艦が艦載砲で島嶼部に展開した地上部隊に数時間にわたる火力支援を提供することが可能です。

古くから有効性が確認されてきた武器の価値を過小評価することなく、バランスのとれた武器体系を構築する意義がよく示されている研究であると思います。海上戦力の装備を考える際には、海上作戦だけでなく、水陸両用作戦のような統合作戦で必要とされる機能を考慮することが重要だといえるでしょう。

見出し画像:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 2nd Class Jeremy Graham

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