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メモ 19世紀の武器の発達を受けて、モルトケが縦深配備を重視した戦術的理由

プロイセン陸軍の参謀総長だったヘルムート・フォン・モルトケは、19世紀に戦闘の様相が大きく変化していた時期に、火器の発達が陸上戦における部隊の攻防のあり方が変わり、縦深配備の重要性が増したと考えた研究者の一人でした。1869年に発行した教範の中でその内容を知ることができます。

これは19世紀に小火器の射程が急激に伸び、威力も高まっていたことを踏まえた議論でした。部隊の規模や装備の性能が同一である場合、事前に構築した射撃陣地を占領した部隊は、移動中の部隊に対して火力で圧倒的に優位に立てるようになりました(Moltke 1993: 202)。防者の指揮官は、射距離が遠いうちから射手が弾薬を浪費することがないように統制することは必要ですが、遮蔽、掩蔽されていない部隊が正面から接近してきた場合、これを陣地正面で撃破することは可能だと見込まれていました(Ibid.: 202-3)。

このような場合に攻者の指揮官が考えるべきは、正面だけでなく、側面からも攻撃を実施することであり、このような攻撃を加える機動の方式を包囲といいます。包囲は一側面だけを攻める一翼包囲と、両側面を攻める両翼包囲がありますが、正面で拘束攻撃を加えてから、側面にも攻撃部隊を展開し、同時に二面以上から攻撃を加えます。防御部隊は火力を正面に指向できるように展開するので、包囲のような方法であれば敵火を避けて攻撃することが可能です。

ただ、熟練の防者は攻者が包囲を目指すことは織り込むでしょう。この場合、モルトケは防御部隊が部隊を縦深に配備するようになるだろうと予想しました。つまり、第一線にすべての部隊を配備するのではなく、その後方に第二線、第三線を設定し、それぞれに部隊を配備しておくのです。このように配備すれば、攻撃部隊が包囲を試みて、側面が脅かされそうになっても対処することが可能であり、逆に敵の側面を逆包囲することもできるとモルトケは論じています。

「射撃の効果によって味方の陣地正面がより強固になるにつれて、敵の攻撃はますます味方の側面へと指向されるようになるだろう。この危険に対処するには縦深配備が適している。第二線、あるいは第三線の部隊は前線に投入するのではなく、敵を側面に誘致した上で、敵の側面攻撃を逆包囲する」

(Ibid.: 203)

防御部隊の指揮官が注意すべきは、第一線が敵の攻撃を受けているとしても、直ちに第二線、第三線の部隊を投入することは避けなければならないということです。モルトケの見解では、攻撃部隊が包囲を試みる瞬間まで、これらの部隊を戦闘に参加させず、拘置できるかどうかによって防御の成否が決まります。

このため第一線の部隊がぎりぎり持ちこたえている限りは、第二線、第三線の部隊を迂闊に動かしてはならない、とモルトケは主張しました(Ibid.: 204)。「敵と交戦する第一線部隊の戦闘力は徹底的に活用しなければならない」とモルトケが強調していますが、これは第二線、第三線の部隊を決定的な戦機に投入できるためには、第一線の部隊がどこまで粘り強く戦えるかが重要だと考えていたためです(Ibid.)。

この議論は戦闘力の運用を考える際に、部隊をどのように配備するべきであるか、その正面の広さと縦深の大きさをどのようにバランスさせるべきかという議論に繋がります。防御における縦深の重要性は、包囲に対処する場合だけでなく、突破に対処する場合にも表れますが、その効果がはっきり認識されるようになったのは第一次世界大戦が勃発してからのことです。

参考文献

Moltke, H. von. 1869. Instruction for Large Unit Commanders, in Moltke on the Art of War: Selected Writings, ed. D. J. Hughes. Ballantine Books, 1993. pp. 171-224. 
片岡徹也『戦略論大系〈3〉モルトケ』芙蓉書房、2002年

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