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論文紹介 80年代に砲兵戦術における無人航空機の可能性を予見しようとした研究

戦闘情報(combat intelligence)は、射撃、または移動を決心するため、何らかの処理や判読、他の資料との照合、集成しなくても、そのまま使用することが可能な情報をいいます。戦術レベルにおける部隊の行動は、基本的に戦闘情報に依拠しています。

例えば戦場において目標を探知、識別し、位置標定することを目標捕捉(target acquisition)といいますが、その結果として獲得した目標の位置、種類、状態に関する目標情報(target information)は戦闘情報の構成要素の一つです。目標情報を踏まえて、部隊の任務における目標の重要性や、それに対して指向するのに最適な火力手段、射撃要領を明らかにする目標分析(target analysis)を行った成果として戦闘情報が入手できます。

1980年代に各国で無人航空機の研究開発が進んだことで、戦闘情報の重要性はますます高まってきました。今回は、1989年の時点における戦闘情報の研究を紹介し、現代の情報戦の潮流について説明したいと思います。

Bonen, Z. (1989) The role of target acquisition in combat intelligence past and future, Intelligence and National Security, 4:1, 119-126. https://doi.org/10.1080/02684528908431987

この研究は、戦闘情報を支える目標捕捉に関連する技術革新を踏まえ、ドクトリンを見直し、適切な戦術を開発することの意義を唱えたものです。著者がこの論文で主張していることは、照準手から直接的に視認できない目標に対して火力を投射する火砲、ロケット発射装置などを使用した間接照準射撃(indirect fire)の有効範囲がますます広がっていることであり、射撃を実施するサイクルも短縮される傾向にあると見ています。

一般に戦場における砲兵の射撃統制においては、目標または目標群を捕捉し、次に射撃を実施しますが、その射撃の効果を判定して再度射撃が必要か、次の目標に火力を指向すべきかを判断する必要があります。このときにリアルタイムで正確な戦闘情報を利用できるかどうかは戦果に直結する重要な要因となります。

通常、目標捕捉では敵地に配置された遠隔センサーか、高所からの観測によって得られた位置情報を用います。短距離であれば、音響センサーや磁気センサーは火砲で発射し、敵地に迅速に設置することが可能であり、道路の付近に設置しておけば、敵の車両がそこを通過したことを察知することができます。ただし、このようなセンサーから得られる資料だけでは、射撃の成否を判定する損害評価(damage assessment)ができないので、射撃統制のフィードバックを確保する上では課題がありました。このために目標の観測が必要となります。

砲兵部隊では前進観測班(Forward Observer, FO)が射撃指揮所(Fire Direction Center, FDC)に位置情報を送り、FDCが砲列(Gun line)の射撃を統制しますが、これは地上から観測するため、観測範囲は地形によって異なります。有人の偵察ヘリコプターも必要な高度で飛行すれば、その優れた視界から目標捕捉が可能ですが、これには費用がかかります。安価な手段としては、やはり高地に構築された地上の観測を行うか、あるいはDornier KiebitzCanadair CL-227Pioneerのような無人の航空機を使用することが提案されています。これらの無人航空機を飛行させれば、地上部隊はいわば人工の制高地を獲得した場合と同じように観測が可能となり、リアルタイムの戦闘情報に基づいて効果的な射撃統制が可能です。

著者は、無人航空機は険しい地形から垂直に離陸し、一地点に留まって観測することが望ましいので、ホバリングの能力が重要であるとしつつも、広い範囲にわたって観測を行おうとすると巡航能力も重要であるため、この二つの相反する性能を実装することは、運用構想、コスト、信頼性とも関連する複雑な問題だと述べています。例えば師団規模の火力運用に必要な戦闘情報を得るためには、広い範囲の目標を捕捉できるように、巡航性能を備えた偵察プラットフォームが必要ですが、戦術単位の部隊がより狭い範囲の目標を捕捉する場合には、それほどの巡航性能は必要ありません。

著者は、今後の課題としては、データリンクが電子戦で妨害されるリスクや、その生存性の向上などを挙げていますが、操縦要員を訓練する体制についても注意を払うように呼びかけています。地上から遠隔で操縦する場合、優れた巡航性能を備えたプラットフォームを扱えるようになるには、より長い訓練が必要です。また、こうした装備から戦闘情報を獲得する体制を組むのであれば、気象条件が作戦・戦闘に与える影響は大きなものとなることも指摘しています。

現代ではドローンを戦場で偵察などに使用し、戦闘情報をリアルタイムに獲得することの重要性が広く認識されるようになりましたが、この論稿は陸上戦における戦術的な可能性を80年代のうちに予見し、具体的にその課題を特定しようとした挑戦的なものであったと位置づけることができると思います。

見出し画像:U.S. DoD. Marine Corps Lance Cpl. Brandon Aultman

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